網膜中心動脈閉塞症は、突然の高度な視力低下を起こす眼科救急疾患です。眼の脳梗塞とも呼ばれ、発症から短時間で網膜に不可逆的な障害が起こるため、早期治療の重要性が以前から指摘されてきました。近年、脳梗塞などに使われる血栓溶解薬テネクテプラーゼの有効性が検討されましたが、注目された無作為化比較試験では厳しい結果が示されています。ここでは、網膜中心動脈閉塞症とテネクテプラーゼ治療について解説します。
もくじ
網膜中心動脈閉塞症とは
網膜中心動脈閉塞症、CRAOは、網膜へ血液を送る網膜中心動脈が閉塞する病気です。
網膜は酸素不足に弱いため、血流が途絶えると短時間で障害が進行します。代表的な症状は、片眼に突然起こる高度な視力低下です。
痛みを伴わないことも多く、発症前まで普通に見えていた方が急に見えなくなることがあります。
原因としては、
・頸動脈などから飛んできた血栓や塞栓
・動脈硬化
・心房細動などによる心原性塞栓
・血管炎
などがあります。
そのため、CRAOは目だけの病気ではなく、脳梗塞や心血管疾患のリスクを評価する必要がある全身疾患でもあります。
血栓を溶かす治療に期待が集まっていた
CRAOは血管が詰まることで起こるため、血栓を溶かして血流を再開できれば視力を救えるのではないかと考えられてきました。
そこで検討されてきたのが、tPAをはじめとする血栓溶解療法です。
テネクテプラーゼはtPAを改変した薬剤で、
・血栓中のフィブリンへの親和性が高い
・半減期が長い
・単回静注で投与できる
といった特徴があります。
急性期脳梗塞や急性心筋梗塞の分野で使用されており、CRAOでも早期に投与すれば効果が期待できるのではないかと考えられていました。
TenCRAOS試験では視力改善効果を認めなかった
2026年、急性CRAOに対するテネクテプラーゼの有効性を検証したTenCRAOS試験が報告されました。
対象となったのは、
・非動脈炎性CRAO
・発症4.5時間以内
・最良矯正視力が小数視力0.1以下
の患者さんです。
6か国16施設から78例が登録され、
・テネクテプラーゼ群:40例
・アスピリン群:38例
に分けられました。
主要評価項目は、治療30日後に最良矯正視力が0.7 logMAR以下、小数視力0.2以上まで回復することでした。
結果は、
・テネクテプラーゼ群:20%
・アスピリン群:24%
となり、有意差はありませんでした。
つまり、発症4.5時間以内にテネクテプラーゼを投与しても、アスピリンより視力回復を改善する効果は確認できませんでした。
3時間以内に治療しても差はみられなかった
血栓溶解療法では、早く治療するほど効果が高いのではないかという考えがあります。
そこで発症3時間以内に治療された54例だけを解析したところ、30日後に0.7 logMAR以下まで視力が改善した割合は、
・テネクテプラーゼ群:23%
・アスピリン群:22%
でした。
この解析でも明らかな差は認められませんでした。
今回の結果からは、発症早期であればテネクテプラーゼが有効になるという明確な根拠は示されなかったと考えられます。
頭蓋内出血など安全性の問題も
さらに重要なのが安全性です。
テネクテプラーゼ群では有害事象が多く、特に、
・頭蓋内出血:3例
・死亡:1例
が報告されました。
血栓溶解薬は全身の出血リスクを高めるため、視力改善効果が明らかでない状態では、安全性とのバランスが大きな問題になります。
この試験では、視力改善という利益が確認されなかった一方で、重篤な出血リスクが示されました。
CRAOでは原因検索と再発予防も重要
CRAOでは、急性期の視力治療だけに目を向けないことも重要です。
背景に、
・頸動脈狭窄
・動脈硬化
・心房細動
・心臓からの塞栓
などが隠れていることがあります。
CRAOを発症した方は、その後の脳梗塞や心血管イベントのリスクにも注意が必要です。
そのため、
・頸動脈評価
・心電図
・心エコー
・血圧や脂質の評価
・心房細動の検索
などを行い、原因に応じた再発予防につなげることが大切です。
まとめ
CRAOは突然の視力低下を起こす眼科救急疾患です。
発症後できるだけ早く診断・対応することは重要ですが、今回のTenCRAOS試験では、発症4.5時間以内のテネクテプラーゼ静注による視力改善効果は確認されませんでした。
また、頭蓋内出血など重篤な有害事象も認められています。
今後は単純に血流を再開させる治療だけでなく、網膜神経保護や虚血再灌流障害の抑制など、新しい治療戦略の研究が必要です。
同時に、CRAOを発症した場合には、心房細動や頸動脈病変など全身の塞栓源を調べ、脳梗塞などの再発予防につなげることも欠かせません。
