目の病気

遺伝子保存療法

遺伝子補充療法とは?

遺伝子補充療法は、「壊れて機能しなくなった遺伝子」を正常な遺伝子で置き換える治療法です。対象となるのは、

  • 常染色体劣性(潜性)遺伝(AR):父母からそれぞれ異常な遺伝子を受け継いだ場合に発症
  • X連鎖劣性遺伝(XL):X染色体上の遺伝子異常で発症

特に網膜の遺伝性疾患(IRD)で応用が進んでおり、失われた遺伝子の働きを補うことで、視力の回復や症状の改善を目指します。

具体例

母系遺伝のLeber遺伝性視神経症(LHON)にも臨床試験が行われています。これは視神経が障害されて急激に視力が低下する疾患で、ミトコンドリアDNAの異常が原因です。

限界

遺伝子補充療法は新しい正常な遺伝子を足す治療ですが、すでに細胞の中で作られてしまった異常なたんぱく質を分解・除去する機能はありません。つまり、治療後も異常タンパク質による影響が残る可能性があります。

RPE65関連IRD

日本で唯一、保険適用されている遺伝子治療薬で、対象はRPE65遺伝子変異による網膜ジストロフィー(IRD)です。治療は硝子体手術で網膜の下に薬剤を直接注入され、視機能(視力や視野)の改善が期待できます。

ただし、2022年以降、投与後に脈絡網膜萎縮(網膜や脈絡膜が薄くなり機能が低下する病態)が報告され始めました。これは第3相試験(承認前の大規模試験)では報告されていなかったため、新たな安全性の懸念されます。

そして、2024年には米国ミシガン大学のDr. Bommakantiらの報告によれば、治療を受けた187眼中27眼(14.4%)で脈絡網膜萎縮が確認され、患者数としては14例で、そのうち13例は両眼に発症していました。発症率が比較的高く、臨床現場でも注意が必要です。

Perifoveal Chorioretinal Atrophy after Subretinal Voretigene Neparvovec-rzyl for RPE65-Mediated Leber Congenital Amaurosis

Classification and Growth Rate of Chorioretinal Atrophy after Voretigene Neparvovec-Rzyl for RPE65-Mediated Retinal

コロイデレミア

コロイデレミアは、X染色体にあるCHM遺伝子の異常が原因で起こる遺伝性網膜ジストロフィー(IRD)です。発症は男性に限られ、患者の母親は必ず遺伝子の保因者となります。病気の最初の症状は夜盲(暗い場所で見えにくい状態)で、その後ゆっくりと視野が狭くなっていきます。黄斑部の網膜外層や視力は初期には比較的保たれますが、進行すると視力も低下してきます。日本人患者を対象にした研究では、年齢が上がるにつれて黄斑部のellipsoid zone(EZ)が有意に短くなることや、黄斑の残存自発蛍光面積が縮小することが確認されています。

この病気はCHM遺伝子の短縮型変異が多く、作られるタンパク質の機能が失われるため、失った遺伝子を補う遺伝子補充療法が理論的に有効と考えられています。実際に、AAV2ベクターを使った遺伝子治療薬timrepigene emparvovecの第3相試験が行われ、網膜下に一度投与して効果と安全性を評価しましたが、主要評価項目である「治療後12か月で視力が15文字以上改善した割合」では統計的に有意な改善は認められませんでした。

コロイデレミア(CHM)この記事ではコロイデレミアについて解説しています。コロイデレミアについて知りたい方は必見です。...

出典:

Genetic defects of CHM and visual acuity outcome in 24 choroideremia patients from 16 Japanese families

Subretinal timrepigene emparvovec in adult men with choroideremia: a randomized phase 3 trial

RPGR関連IRD

RPGR関連IRDは、X染色体にあるRPGR遺伝子の異常が原因で起こる網膜ジストロフィーで、多くは男性に発症しますが、女性保因者にも特有の眼底所見が見られることがあります。代表的な変異例では、網膜色素変性の症状として網膜萎縮や周辺部の黒色沈着が認められます。RPGR遺伝子には主にRPGR^1-19RPGR^ORF15という2つのアイソフォームがあり、このうちRPGR^ORF15は視細胞で発現します。特にORF15領域は変異が集中する部位で、全RPGR遺伝子変異の約60%がここに存在しますが、塩基配列が解析しにくいため、ロングリード解析やSanger法が推奨されます。

治療開発としては、ORF15遺伝子を組み込んだAAV5ベクターを用いた遺伝子治療薬botaretigene sparoparvovecの臨床試験が行われています。第1/2相試験では、成人と小児を対象に用量を段階的に増やす試験が実施され、安全性と有効性が評価されました。結果として、ステロイドでコントロール可能な眼の炎症以外に重大な副作用はなく、網膜感度や視機能の有意な改善が報告されています。現在は第3相試験が進行中で、日本でも東京医療センターで治験が行われています。

網膜色素変性症嶋津雄大選手や宇多田ヒカルのお母さんである藤圭子さんが網膜色素変性症と診断されているようです。網膜色素変性症は日本では3000~8000人に1人の割合で発症し、成人視覚障害原因の第3位として知られています。まれな病気ではありますが、正しく理解しておくのが良いと思って記事にしました。網膜色素変性症について知りたい方は必見です。...

出典:

X-linked Retinitis Pigmentosa in Japan: Clinical and Genetic Findings in Male Patients and Female Carriers

Phase 1/2 AAV5-hRKp.RPGR (Botaretigene Sparoparvovec) Gene Therapy: Safety and Efficacy in RPGR-Associated X-Linked Retinitis Pigmentosa

Leber遺伝性視神経症

Leber遺伝性視神経症(LHON)は、母系遺伝で受け継がれるミトコンドリアDNAの変異によって発症します。中でもND4遺伝子のm.11778G>A変異は頻度が高く、重症化しやすいことが知られています。ヒトのミトコンドリアDNAは小さく、イントロンを持たない特殊な構造が特徴です。

治療薬Lenadogene nolparvovec(LUMEVOQ)は、AAV2ベクターに正常なND4遺伝子を組み込み、網膜神経節細胞に届ける遺伝子治療薬です。この細胞に効率よく遺伝子を届けるため、組織特異的なプロモーターが使われています。

第3相試験(RESCUE試験・REVERSE試験)では、発症から6〜12か月以内の患者の片眼に薬剤を硝子体注射しました。驚くべきことに、治療をしていない反対眼でも視力改善が見られました。その後のRESTORE試験による5年間の追跡調査でも、両眼の改善効果が持続していることが確認され、長期的な有効性が示唆されました。さらに、死亡した被験者の眼組織解析では、治療していない眼にも遺伝子が届いていたことが分かっています。

この結果は、片眼治療でも両眼に効果が及ぶ可能性を示しており、今後日本での臨床試験実施にも期待が寄せられています。

レーベル遺伝性視神経症(レーベル病)この記事ではレーベル遺伝性視神経症について解説しています。レーベル遺伝性視神経症について知りたい方は必見です。...

出典:

Five-Year Outcomes of Lenadogene Nolparvovec Gene Therapy in Leber Hereditary Optic Neuropathy

Carelli V, Newman N, Caporali L et al : Ocular post-mortem analyses with histopathological and molecular assessments in LHON following AAV2 gene therapy. Invest Ophthalmol Vis Sci (ARVO Annual Meeting Abstract) 65 : 6083, 2024

その他の治療

その他にもアンチセンスオリゴヌクレオチド治療(短い一本鎖のRNAやDNAを使って遺伝子の異常な働きを抑える治療法)やゲノム編集治療(DNAの特定の場所を書き換えて病気の原因となる遺伝子変異を修正する治療法)、Stargardt病に対するEmixustatやTinlarebantなど内服での治療などがあり、さまざまな疾患に対して治験が行われています。

参考文献

  1. Perifoveal Chorioretinal Atrophy after Subretinal Voretigene Neparvovec-rzyl for RPE65-Mediated Leber Congenital Amaurosis
  2. Classification and Growth Rate of Chorioretinal Atrophy after Voretigene Neparvovec-Rzyl for RPE65-Mediated Retinal Degeneration
  3. Genetic defects of CHM and visual acuity outcome in 24 choroideremia patients from 16 Japanese families
  4. Subretinal timrepigene emparvovec in adult men with choroideremia: a randomized phase 3 trial
  5. X-linked Retinitis Pigmentosa in Japan: Clinical and Genetic Findings in Male Patients and Female Carriers
  6. Phase 1/2 AAV5-hRKp.RPGR (Botaretigene Sparoparvovec) Gene Therapy: Safety and Efficacy in RPGR-Associated X-Linked Retinitis Pigmentosa
  7. Five-Year Outcomes of Lenadogene Nolparvovec Gene Therapy in Leber Hereditary Optic Neuropathy
  8. Carelli V, Newman N, Caporali L et al : Ocular post-mortem analyses with histopathological and molecular assessments in LHON following AAV2 gene therapy. Invest Ophthalmol Vis Sci (ARVO Annual Meeting Abstract) 65 : 6083, 2024
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