もくじ
神経眼科疾患
代表的なものに、視神経炎、視神経脊髄炎(NMOSD)、多発性硬化症(MS)に伴う視神経障害、眼の動きが制御できなくなる眼筋麻痺などがあります。
従来は、ステロイド薬や免疫抑制剤が主な治療法でした。しかし、再発を十分に防げない、長期使用で副作用が増えるといった課題がありました。こうした背景から、より標的を絞って効果を発揮する分子標的薬が注目されています。
主な分子標的薬とその特徴
IL-6阻害薬(サトラリズマブ、トシリズマブ)
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特徴と投与方法
サトラリズマブは NMOSD に適応のある生物学的製剤の中で唯一の皮下注射薬。自己注射が可能で利便性が高い。投与は 120mg を使用し、導入期は 2 週間ごとに 3 回、その後は 4 週間ごとに継続投与する。 -
日本での使用実態
2020 年 1 月〜2022 年 8 月に全国 30 施設を対象とした調査で、AQP4 抗体陽性視神経炎 88 例中 79 例(約 90%)にサトラリズマブが導入され、最も多く使用されていた。平均 10 ヶ月の観察で 96.2%が再発なし と高い効果を示した。 -
ステロイド減量効果
使用群では年間再発率が有意に低下し、さらにステロイドの内服量も 6 ヶ月、12 ヶ月、最終時点でいずれも減少。併用ステロイドの減量・中止が可能になる点が大きな利点とされる。 -
ステロイド減量開始時期
明確な基準はないが、初発例では IL-6 受容体濃度が安定する 導入 8 週間以降 に減量を開始するのが安全とされる。維持期は 4 週間ごとの投与に合わせて 1–2mg ずつ漸減し、中止可能例も多い。 -
注意点
IL-6 阻害作用により、発熱や CRP 上昇といった炎症反応が抑えられ、重症感染症の発見が遅れるリスクがある。特に呼吸器・尿路感染症に注意が必要。咳や排尿時痛などの症状確認、定期的な血液・尿検査、SpO₂ 測定が推奨される。必要に応じて脳神経内科や腎内科と連携して経過観察を行うことが重要。
Interleukin-6 in neuromyelitis optica spectrum disorder pathophysiology
多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023
補体C5阻害薬(エクリズマブ、ラブリズマブ)
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作用機序
補体 C5 に特異的に結合し、NMOSD におけるアストロサイト障害に関与する「終末補体複合体」の産生・活性化を抑制する。 -
承認状況
- エクリズマブ:もともと発作性夜間ヘモグロビン尿症、非典型溶血性尿毒症症候群、難治性全身型 MG に使用されていた。
- NMOSD に対しては 2019年に承認。
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ラブリズマブは 2023年に追加承認。
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投与方法と間隔
- エクリズマブ:導入期は 900mg を週 1 回 ×4 回、維持期は 1200mg を 2 週間ごとに投与。
- ラブリズマブ:初回 2400–3000mg、2 回目は 2 週間後に 3000–3600mg、3 回目以降は 8 週間ごと に 3000–3600mg を投与。エクリズマブよりも効果持続が長く、投与間隔を延ばせる。
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注意点(有害事象)
- 最大のリスクは 髄膜炎菌感染症。致命的になる可能性もあるため、早期診断・迅速な抗菌薬投与ができる体制が必須。
- 初回投与の少なくとも 2週間前までに髄膜炎菌ワクチン接種が必須。
Ravulizumab in Aquaporin-4-Positive Neuromyelitis Optica Spectrum Disorder
Eculizumab in Aquaporin-4-Positive Neuromyelitis Optica Spectrum Disorder
B細胞標的薬(リツキシマブ、イネビリズマブ)
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作用機序
- イネビリズマブ:CD19 に結合し B細胞の分化を抑制、除去。
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リツキシマブ:CD20 に結合し B細胞を枯渇。
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承認状況
- イネビリズマブ:2021年に NMOSD 適応。
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リツキシマブ:2022年に NMOSD 適応拡大。
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投与方法
- イネビリズマブ:初回、2週後、6か月後に投与、その後は6か月ごと。
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リツキシマブ:導入期は 375 mg/m² を週1回×4回、維持期は6か月ごとに 1000mg ×2回。
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特徴
- 投与間隔が長いため通院負担が少ない。
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リツキシマブは薬価が比較的安価。
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注意点
- 投与時反応(infusion reaction)に注意。イネビリズマブは前投薬(抗ヒスタミン薬・NSAIDs・ステロイド点滴)が推奨される。
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感染症リスクあり、生ワクチンは導入4週前までに接種推奨。
全身型重症筋無力症(MG)に対する生物学的製剤
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対象
眼筋型ではなく全身型 MG のみ。 -
薬剤
- 補体C5阻害薬:エクリズマブ(2017年承認)、ラブリズマブ(2022年承認)。
- FcRn阻害薬:エフガルチギモド(点滴と皮下注射、繰り返し投与可能)。
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ジルコプラン(皮下注射、1日1回、自己注射可能、2023年承認)。
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特徴
- NMOSD より先に承認された薬剤もある。
- 小児例ではエクリズマブ使用可能。
- 髄膜炎菌感染症への注意が必須。
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FcRn阻害薬は IgG濃度を低下させるため感染リスクに注意。
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管理
投与の適応や管理は脳神経内科に依頼。
Terminal Complement Inhibitor Ravulizumab in Generalized Myasthenia Gravis
Efficacy and Safety of Rozanolixizumab in Moderate to Severe Generalized Myasthenia Gravis
甲状腺眼症(TED)に対する生物学的製剤
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病態
TSH受容体刺激により IGF-1 経路が活性化し、ヒアルロン酸増生や脂肪組織増大することで、眼球突出および外眼筋炎症を引き起こす。 -
薬剤
- テプロツムマブ(TEP):抗 IGF-1 受容体抗体。
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米国2020年承認、日本2024年承認。
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投与方法
- 点滴静注、3週ごとに計8回。初回 10mg/kg、以降 20mg/kg。
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初回・2回目は90分以上、以降は60分以上で投与可能。
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効果
- 臨床試験(OPTIC-J)で眼球突出改善率 89%。
- 24週で突出度 -2.36mm の改善、CASやQOLスコアも改善。
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複視改善は有意差なし。
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有害事象
- 聴覚障害(聴力低下・耳鳴り)、高血糖、点滴反応、炎症性腸疾患。
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特に聴覚障害と高血糖に注意。
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課題
- 薬剤費が非常に高額(8回で数百万円)。
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長期効果・再発対応・投与後の手術加療の併用の検討が必要。
Teprotumumab for the treatment of chronic thyroid eye disease
Teprotumumab for the Treatment of Active Thyroid Eye Disease
バセドウ病悪性眼球突出症(甲状腺眼症)の診断基準と治療指針2023