もくじ
はじめに
DPP-4阻害薬およびGLP-1受容体作動薬は、2型糖尿病治療において主要な選択肢として広く使用されています。いずれも血糖コントロールに有効で安全性も高いとされますが、近年、眼領域での副作用報告が増加しており注意が必要です。特に、DPP-4阻害薬に関連する眼類天疱瘡(ocular cicatricial pemphigoid:OCP)、GLP-1受容体作動薬に関連する非動脈炎性前部虚血性視神経症(NAION)が注目されています。
DPP-4阻害薬とOCP
OCPの概要
OCPは粘膜類天疱瘡の一亜型で、眼粘膜を主座とする自己免疫性疾患です。慢性炎症と瘢痕形成を特徴とし、重症ドライアイ、結膜充血、瞼球癒着、睫毛乱生、眼瞼内反、輪部疲弊症などを呈し、進行すると失明に至る可能性があります。
DPP-4阻害薬との関連
長期内服患者でOCPを発症する報告があり、薬剤中止後に眼表面の炎症が改善する例もあります。例えば、テネリグリプチンを6年間服用した患者では、角膜上皮形成術や羊膜移植術を要するほど重症化しましたが、中止後には片眼で炎症が改善し、手術を必要としなくなった症例が報告されています。
発症機序の仮説
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免疫学的要因:DPP-4はCD26と同一で、T細胞・B細胞・NK細胞に発現し、免疫調節に関与しています。阻害により自己免疫応答が惹起される可能性があります。
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遺伝的要因:HLA-DQB103:01やHLA-DQA105がリスク因子として報告されています。
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好酸球浸潤:マウスモデルでは、DPP-4阻害により好酸球浸潤が増強し、炎症を悪化させることが示されています。
診断と治療
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診断:臨床所見に加え、抗BP180抗体測定や結膜生検での蛍光抗体法が有用です。ただし、偽陰性も少なくないため、口腔粘膜や皮膚での検査が推奨される場合もあります。
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治療:第一に原因薬剤の中止が重要です。局所的には人工涙液、ステロイド点眼、免疫抑制点眼が使用されます。重症例では全身ステロイド療法、免疫抑制薬、血漿交換療法、免疫グロブリン大量静注などが考慮されます。瘢痕による睫毛乱生や眼瞼内反には外科的治療が必要になることもあります。
GLP-1受容体作動薬とNAION
NAIONの概要
NAIONは、後毛様動脈の循環障害により発症する虚血性視神経症です。突然の無痛性視力低下や視野欠損を特徴とし、高血圧、糖尿病、脂質異常症、睡眠時無呼吸症候群、小さな視神経乳頭などがリスク因子とされています。
報告されている関連
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リスク増加を示す報告:
- 2024年のハーバード大学の研究では、2型糖尿病患者でリスクが4.28倍、肥満群で7.64倍に上昇しました。
- 同年のARVO学会では、17,292例の解析でハザード比3.24が報告されました。
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2025年には、GLP-1作動薬関連眼合併症9例のうち7例がNAIONであったと報告されています。
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否定的な報告:
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2024年の大規模リアルワールドデータ(6600万例)では、使用群と非使用群でリスク差は認められませんでした。
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発症機序の仮説
- GLP-1受容体刺激による交感神経亢進と血管収縮。
- 急速な体重減少や血圧低下に伴う血流障害。
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高血糖の急速改善による影響。
その他の眼合併症
GLP-1受容体作動薬では、糖尿病網膜症の「early worsening」が知られています。SUSTAIN-6試験では、セマグルチド投与群で網膜症合併症が増加しました。ただし、軽症網膜症のリスクは上がる一方で、重症網膜症の進行リスクは低下する可能性が指摘されています。
まとめと臨床的意義
- DPP-4阻害薬ではOCPが報告されており、早期発見と薬剤中止が重要です。
- GLP-1受容体作動薬とNAIONの関連については、研究結果が相反しており今後の検証が必要です。
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薬剤性眼障害を疑う視点を常に持ち、投与歴(投与量、期間、併用薬など)を詳細に聴取することが診断の一助になります。
参考文献
- Ocular cicatricial pemphigoid following Dipeptidyl Peptidase-4 inhibitor use: A case report
- Risk of Nonarteritic Anterior Ischemic Optic Neuropathy in Patients Prescribed Semaglutide
- Ophthalmic Complications Associated With the Antidiabetic Drugs Semaglutide and Tirzepatide
- Real-World Evidence Assessment of the Risk of Nonarteritic Anterior Ischemic Optic Neuropathy in Patients Prescribed Semaglutide
- Semaglutide and Cardiovascular Outcomes in Patients with Type 2 Diabetes
- Non Arteritic Ischemic Optic Neuropathy in Patients Receiving a Glucagon-Like Peptide Receptor Agonists In a Tertiary Care Center