もくじ
国内未承認の多焦点眼内レンズの概要
現在、日本国内では未承認ながら、海外で開発・使用されている多焦点眼内レンズには多様な設計思想が見られます。それぞれが独自の光学的工夫を持ち、遠方から近方までの幅広い視力をカバーすることを目的としています。
Mini WELL® / Mini WELL® PROXA(イタリア・SIFI社)
従来の Mini WELL® を基に、近方視の配分を強化したのが Mini WELL® PROXA です。正負の球面収差を同心円状に配置することでEDOF効果を得られるよう設計されています。ただし、PROXA単独での使用は認められておらず、両眼で Mini WELL® と組み合わせて使用する方
Intensity(イスラエル・Hanita Lenses社)
世界初の5焦点を持つとされる多焦点レンズです。光学中心部には近用度数が配置され、近方視のニーズが高い症例に適しています。80cmの焦点距離を基準に、正負の次数へ光を均等に配分することで5焦点を実現しています。このように、メーカー標榜としては5焦点としているが、実際は3焦点である。光学ロスは6.5%と比較的少なく、高い集光性を有する設計です。
親水性IOLであり、特に軟らかい素材であるために、CTR併用は必須である。CTR併用にても屈折の予定誤差はほとんど変わらないとされる。
Intensityの光エネルギー配分はほかの多焦点IOLと大きく異なっており、遠方と近方の光配分が瞳孔径により大きく変化する。特に瞳孔径3mm程度ではレンズ自体が遠方重視となり、50%以上のエネルギーで遠方焦点を見ることができる。逆に2mm程度の瞳孔径になると遠方焦点エネルギーは30%となり、近方焦点エネルギーは55%となる。
RayOne® Trifocal(英国・Rayner社)
Rayner社が開発した3焦点IOLで、中心4.5mmに16本の回折構造を有し、周辺部は単焦点構造です。加入度数は近方3.50D・中間1.75Dで、光学ロスは11%と報告されています。プリロードインジェクターが独自のデリバリーシステムを採用しており、操作性に優れる点も特徴です。乱視用ラインナップもあり、0.75Dから対応可能です。
EVOLVE(イタリア・Soleko社)
屈折型の多焦点構造を持ち、中心1.7mmにEDOFゾーンを配置することで、中間距離に強みを持つレンズです。約40%のエネルギーを中間距離に配分し、30cm付近に焦点を持たせています。乱視用の「EVOLVE TORIC CUSTOMIZED」はオーダーメイド対応で、乱視軸は1°単位で製作可能。さらにマイナスレンズも設定され、強度近視にも対応できる点が特徴です。
ArtIOLs(スペイン・VOPTICA社)
ArtIOLsは、EDOF型の眼内レンズに分類されるレンズです。特徴的なのは、invert meniscus形状の光学面と非球面性の調整を組み合わせ、焦点深度を拡張している点です。
モデルは Art25, 40, 55, 70 の4種類があり、それぞれ非球面度の違いによって焦点深度の広がり方が異なります。数値が大きいほどEDOF効果が強くなり、Art25はプレミアム単焦点、Art40・55はEDOF、Art70は多焦点IOLに近いカテゴリーと整理されます。
また、ArtIOLsはfovea(中心窩)のみに焦点を合わせる従来IOLと異なり、周辺視野からの光も網膜に結像しやすい設計となっており、臨床的にもユニークな特性を持っています。
メリット
- グレアがほぼない:夜間の光のにじみやまぶしさが少なく、単焦点IOLと同等の快適さ。
- 周辺視野のコントラストが良好:特にパイロットやドライバーなど、広い視野を必要とする職業に適する。
- 角膜球面収差余剰眼に適応:LASIKやPRK後の目に良好な適応を示す。
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疾患例にも有用:緑内障や黄斑疾患など、中心窩機能が低下した症例でも使用しやすい。
デメリット
- 純正セッティングに課題:2024年4月時点では、IOLハプティクスと光学面のタッキング(接着)が問題となり、移植には工夫が必要。
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近方視力はやや弱い:高加入多焦点IOLほどの近方視力は得にくい。
IC-8™(アメリカ・AcuFocus社)
IC-8™は、アメリカのAcuFocus社が開発した特殊な眼内レンズで、ピンホール効果を応用して焦点深度を広げることを目的としています。レンズの中心部には、カーボンを含むPVDF(ポリフッ化ビニリデン)製の1.36mmのマスクが組み込まれており、この小さな開口部によって眼内に入る光を制御します。光の通過口を小さくすることで、焦点深度が自然に拡張し、遠方から近方まで幅広い距離でピントが合いやすくなります。
このマスクは完全な遮光ではなく、約3,200個の微小な孔(microperforations)が設けられており、光量を確保しつつ、レンズ裏の観察や眼内の光環境にも配慮された構造になっています。これにより、焦点の前後でも像がある程度鮮明に見えるようになり、従来の多焦点眼内レンズとは異なり、遠視側・近視側の両方向にバランスよく焦点深度が広がるのが特徴です。
メリット
- 1.5D程度の角膜乱視をキャンセル可能。
- 円錐角膜、放射状角膜切開術後、瞳孔不整眼など、従来は多焦点IOL不適応だった眼に選択肢を提供。
- 多焦点効果だけでなく 裸眼視力・矯正視力の改善 に寄与。
- グレアは比較的少なく、収差打ち消し効果が期待できる。
デメリット
- 専用インジェクターで角膜3.5mm切開が必要。
→ 小切開用のCカートリッジでも挿入は可能だが、乱視発生リスクは残る。 - トーリックモデルなし、強度近視・遠視用の度数設定もない。
- 瞳孔径が小さい場合、周辺視野の欠損を自覚することがある。
- 光の20%以上をマスクするため、コントラスト感度は低下。術前説明が必須。
- 旧モデルではYAGレーザー施行時にマスクが焼損・変形する問題があった。
- 若年者や瞳孔径が大きい患者では、マスク外から光が入り、EDOF効果が減弱する可能性がある。
Acriva Trinova Pro C(ドイツ・VSY Biotechnology社)
Acriva Trinova Pro Cは、正弦波回折を応用した光学デザインを持つ高加入モデルです。従来の対称的な回折パターンでは遠方・中間・近方の光エネルギー配分をうまく制御できませんでしたが、Pro Cでは非対称的なパターンを採用することで、遠方44%、中間23%、近方33%というバランスに最適化しています。これにより、特に近方視力の改善が意識された設計となっています。
加入度数は遠方+1.8D、近方3.6Dと比較的高めで、近見作業に配慮した構造です。また、光利用効率は93%と非常に高く、光の無駄が少ないのも特徴です。瞳孔依存性はあるものの、瞳孔が小さいときには遠方視力が優位に保たれ、大きくなると中間・近方に配分がシフトする仕組みになっています。さらに、レンズの設計によりスムージング効果が強く、エッジグレアや夜間の光のにじみが起こりにくく、不快感の少ない視覚体験を提供します。
一方で、いくつかの課題もあります。素材は親水性アクリルであり、眼内インジェクションの際にIOLが破損するリスクがあるため、純正以外のインジェクターを用いた方が安全とされています。また、数字上は近方視力がやや弱めである点も指摘されています。
参考文献
- Clinical Outcomes after Bilateral Implantation of Trifocal Diffractive Intraocular Lenses and Extended Depth of Focus Intraocular Lenses
- Two-surgeon, two-center evaluation of a new combined EDOF intraocular lens approach
- Visual Performance of a Novel Optical Design of a New Multifocal Intraocular Lens
- A prospective study of a new presbyopia pseudophakic intraocular lens: Safety, efficacy and satisfaction
- Comparison of clinical outcomes of 3 trifocal IOLs
- Visual Performance of Two Diffractive Trifocal Intraocular Lenses: A Randomized Trial
- Visual Performances of a New Extended Depth-of-Focus Intraocular Lens with a Refractive Design: A Prospective Study After Bilateral Implantation