もくじ
Hydrus® 線内障マイクロステントとは何か
Hydrus® 線内障マイクロステントは、低侵襲緑内障手術(MIGS)の中でも、シュレム管内に留置するタイプのデバイスとして位置づけられています。白内障手術と同時に施行可能であり、眼圧下降と点眼薬負担の軽減を長期的に期待できる治療法として注目されています。
Hydrusの構造的特徴と設計思想
Hydrusは、約90度、長さにして約8mmにわたりシュレム管内に留置されるオープンスキャフォールド構造を持っています。前房側にはinletと呼ばれる流入口があり、ここを介して前房からシュレム管内へ房水が直接流入します。短いステントを一点に留置するタイプのデバイスとは異なり、シュレム管内を広い範囲で支持しながら、複数の集合管への房水アクセスを確保する設計になっています。
Tri-modal作用機序が意味するもの
Hydrusの効果は、Tri-modal作用機序として説明されます。第一に、線維柱帯をバイパスすることで前房からシュレム管への直接的な房水流入経路を確保します。第二に、オープンスキャフォールド構造によってシュレム管を内側から拡張・支持し、管腔の虚脱を防ぎます。第三に、約90度にわたって留置されることで複数の集合管に房水が分散して流れる環境を作り、局所的な流出抵抗に依存しにくくします。これら三つの作用が同時に働くことで、Hydrusは安定した房水流出を実現すると考えられています。
臨床成績から見たHydrusの有効性
Hydrusの有効性と安全性は、HORIZON試験をはじめとする臨床研究で検証されています。白内障手術単独とHydrus併用白内障手術を比較した前向き無作為化試験では、術後2年時点で20%以上の眼圧下降を達成した割合がHydrus併用群で有意に高く、平均眼圧下降量も大きいことが示されました。加えて、緑内障点眼薬の使用本数が有意に減少し、薬剤負担の軽減が得られています。
5年成績においても効果は持続しており、無投薬で眼圧18mmHg以下を維持できた症例の割合はHydrus併用群で高値でした。再手術率は低く、角膜内皮細胞数の減少についても有意な差は認められていません。さらに視野解析では、視野進行速度がHydrus併用群で遅いことが示され、眼圧低下に加えて視機能の長期的安定に寄与する可能性が示唆されています。
手技において重要となる解剖学的理解
Hydrusの手技は、デバイス操作そのものよりも隅角構造の理解が成否を左右します。挿入時には色素帯のやや上方、無色素帯側を意識し、カニューラを約10〜20度上向きにして進める必要があります。シュレム管は直線構造ではないため、直接視認できない管腔の走行を立体的にイメージしながら操作することが重要です。
また、隅角視認性を確保するために、患者の顔の向きや顕微鏡の角度調整、粘弾性物質による前房拡張が欠かせません。隅角鏡で過度に圧迫すると、かえって視認性が低下するため、最小限の圧で広い視野を得る工夫が求められます。
挿入が困難となる症例への対応
すべての症例でHydrusがスムーズに挿入できるわけではありません。シュレム管の萎縮や線維柱帯の瘢痕化がある場合、デバイスが途中で引っかかることがあります。その際には一度引き戻して再挿入したり、挿入位置を変更したりすることで対応可能なケースが多いとされています。それでも困難な場合には、無理に続行せずMicrohook Trabeculotomyなど他の術式へ切り替える判断が重要です。こうした経験は導入初期に集中するとされ、Hydrusには明確なラーニングカーブが存在します。
初回導入時に意識したいポイント
Hydrus導入初期は、最初の10例程度で難しさを感じることは珍しくありません。20〜30例の経験を積むことで操作は安定してくるとされています。術中の指示に応じられる患者を選ぶことや、白内障手術とは別にHydrus専用の角膜切開が必要であることを理解しておくことも重要です。何よりも、隅角を十分に開大させる意識が、挿入成功率を大きく左右します。
参考文献
- A Schlemm Canal Microstent for Intraocular Pressure Reduction in Primary Open-Angle Glaucoma and Cataract: The HORIZON Study
- Long-term Outcomes from the HORIZON Randomized Trial for a Schlemm’s Canal Microstent in Combination Cataract and Glaucoma Surgery
- Five-Year Visual Field Outcomes of the HORIZON Trial
