網膜とその疾患

遺伝性網膜疾患の診療の進歩

1.遺伝性網膜疾患は「診断できる病気」から「治療を見据えて診断する病気」へ

遺伝性網膜疾患(IRD)は、以前は臨床所見から疾患名を推定することが中心でしたが、現在は

・高解像度OCT
・FAF
・ERG
・補償光学眼底撮影
・遺伝子パネル検査
・全エクソーム/全ゲノム解析

などの進歩により、病変部位と原因遺伝子をより詳細に特定できるようになっています。

さらにRPE65関連IRDでは、すでに遺伝子治療が臨床応用されており、正確な診断がそのまま治療適応の判断につながる時代になっています。

2.OCTでは「どの網膜層が残っているか」を見る

IRDの診断ではOCTが非常に重要です。

網膜色素変性(RP)では、

・ellipsoid zone(EZ)の消失
・外顆粒層の菲薄化
・病変の進行範囲

などから残存視細胞を評価できます。

単に「網膜が薄いか」ではなく、外網膜構造がどこまで保たれているかを見ることで、患者の日常生活上の困難や病期を推測できます。

3.補償光学(AO)では錐体モザイクまで見える

補償光学眼底カメラでは、通常のOCTでは分からない細胞レベルの錐体モザイクを観察できます。

IRDの微細な構造変化を捉える手段として、今後さらに重要になる検査です。

4.FAFはRPE機能と病変進行を評価する

眼底自発蛍光(FAF)は、RPE内のリポフスチン由来の蛍光を利用します。

RPでは、

・過蛍光 → RPE機能低下の初期
・その後、萎縮が進むと蛍光低下
・完全萎縮では低蛍光〜無蛍光

という変化を示します。

つまりFAFは、病変が進行中なのか、すでに萎縮が完成しているのかを把握するのに有用です。

5.原因遺伝子によってFAFパターンに特徴がある

近年は、FAF所見が遺伝子型の推定にも役立つ可能性があります。

特にEYS関連RPでは、

infinity sign(∞サイン):鼻側まで過蛍光が広がる所見

と呼ばれる特徴的なFAFパターンが報告されています。

EYS関連RPでは、視神経乳頭周囲を含む特殊な温存パターンがみられることがあり、遺伝子検査前の手掛かりになります

6.ERGはIRD診断の基本検査

ERGは、

・全視野ERG
・局所ERG
・多局所ERG

などに分けられます。

IRDではまず全視野ERGを用いて、網膜全体の機能を評価することが基本です。

近年は従来のコンタクトレンズ電極だけでなく、皮膚電極型の小型ERG装置も普及し、小児を含めて検査しやすくなっています。

7.遺伝子検査が診断精度を大きく変えた

IRDでは、異なる原因遺伝子でも非常によく似た眼底所見を呈します。

逆に、同じ遺伝子でも多様な表現型を示すことがあります。

そのため臨床所見だけでは、

「RPらしい」までは分かっても、原因遺伝子までは分からない

ことが多くあります。

遺伝子検査によって、

・確定診断
・遺伝形式の推定
・予後予測
・家族への説明
・治療適応判断

が可能になります。

8.遺伝子パネル検査が実臨床で有用

現在は、

・サンガー法
・遺伝子パネル
・全エクソーム解析
・全ゲノム解析

などが使用されます。

IRDでは原因遺伝子が多数あるため、複数遺伝子を一度に調べる遺伝子パネル検査が特に効率的です。

PrismGuide IRDパネルとして、82種類のIRD原因遺伝子を解析する検査があります

9.日本人RPではEYS遺伝子が重要

日本人のRPでは、EYS遺伝子変異が代表的な原因です。

大規模解析では、日本人RP患者2,000例以上を対象とした遺伝子解析が行われ、約40%で原因遺伝子が同定され、そのうちEYSが大きな割合を占めています。

日本人では特に、

・p.S1653fs
・p.Y2935X
・p.G843E

などのEYS変異頻度が高いことが示されています。

一方、欧米ではUSH2A、RPGR、RHO、RP1なども比較的多く、人種によって遺伝子背景が異なります。

10.若年発症RPではRPE65を必ず意識する

RPE65関連IRDは、今回の総説で最も重要なポイントの一つです。

RPE65関連IRDでは、

・常染色体潜性遺伝
・両眼性の進行性視力低下
・夜盲
・視野障害

などを呈します。

若年発症の網膜ジストロフィやLeber先天黒内障(LCA)では、RPE65変異を見逃さないことが重要です。

理由は、現在治療可能だからです。

11.杆体一色覚では日本人特有の遺伝背景もある

杆体一色覚(achromatopsia)は、

・色覚障害
・羞明
・眼振
・視力低下

などを呈します。

欧米ではCNGB3やCNGA3が主要原因ですが、日本人では近年、RPGRIP1 exon 18欠失が重要な原因であることが明らかになりました。これは日本人杆体一色覚患者の約23%を占めています。

12.RPE65関連IRDではすでに遺伝子治療が可能

現在、実臨床で使用できるIRDの遺伝子治療が、

ボレチゲン ネパルボベク(voretigene neparvovec)

です。

対象は両アレルに病的RPE65変異を有するIRDです。

AAVベクターを用いて正常RPE65遺伝子を網膜下に投与し、正常RPE65タンパク質産生を補います。

13.RPE65治療では視力より「機能的視覚」が改善する

RPE65遺伝子治療では、主要評価項目として

Full-Field Stimulus Threshold(FST)

などが用いられます。

治療後には、

・光感度改善
・暗所での移動能力改善

などが認められます。

一方、視力そのものには大きな改善を認めないこともある点が重要です。

つまり、

視力表の数字が大きく改善しなくても、実生活で「暗いところで見える」機能は改善する

という治療です。

14.今後は遺伝子治療以外も進む

将来のIRD治療として、主な治療は3つあります。

光遺伝学

残存する網膜神経節細胞などに光感受性タンパク質を導入し、失われた視細胞の代わりに光を感知させます。

RP患者で視機能が部分的に回復した報告があります。

iPS細胞を用いた細胞移植

神戸アイセンター病院では、

iPS細胞由来網膜シート

を網膜下へ移植する臨床研究が行われています。

移植組織が2年間生存した報告もあり、今後の発展が期待されています。

人工網膜

視細胞が失われた網膜に電極を留置し、残存する網膜神経細胞を電気刺激することで視覚再建を目指します。

日本では大阪大学を中心に、脈絡膜上−経網膜刺激(STS)方式の人工網膜研究が行われています。

文献

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