もくじ
1.2025年版で16年ぶりに全面改訂
ウイルス性結膜炎の診療ガイドラインは、2003年、2009年版を経て、2025年に16年ぶりの全面改訂が行われました。
今回の大きな変更点は、
・アデノウイルス(AdV)結膜炎の診断基準を明確化
・涙液検体を用いた迅速抗原検査やPCRの位置づけを整理
・AdV結膜炎の病型をより詳細に分類
・Minds方式によるクリニカルクエスチョンを導入
・院内感染対策を更新
した点です[3]。
2.AdV結膜炎の診断基準が明文化された
2025年版では、AdV結膜炎を
A.微生物学的検査
B.他覚所見
C.耳前リンパ節所見
D.全身所見
E.家族内感染
の5項目から評価します。
A.微生物学的検査
・AdV迅速抗原検出キット陽性
・PCR法によるAdV遺伝子検出
のいずれか。
B.他覚所見
代表的には、
・急性濾胞性結膜炎
・結膜出血
・結膜偽膜
・角膜のびまん性表層角膜炎、または多発性角膜上皮下浸潤
などです。
C.耳前リンパ節所見
・腫脹
・圧痛
D.全身所見
・発熱
・咽頭痛
・気管支炎
など。
E.家族内感染
家族内に同様の感染者がいることです。
確定診断
Aのいずれか+B-1
臨床診断
B-1+B-2に加えて、B-3、B-4、C、D、Eのいずれか
とされています[3]。
つまり、迅速検査陰性でも臨床的にAdV結膜炎を強く疑う症例は存在するという考え方が明確になっています。
3.迅速検査は「結膜擦過」から「涙液」へ
従来は結膜擦過検体が一般的でしたが、現在のAdV迅速抗原検査では涙液検体を用いる方法が広がっています。
また、研究・専門施設ではPCRやシークエンス解析も利用され、AdV型別まで可能になっています。
ただし、迅速抗原検査には偽陰性があり得るため、
検査陰性=AdV感染を完全に否定
とはしないことが重要です。
4.EKCの角膜病変は時間とともに変化する
2025年版では、流行性角結膜炎(EKC)に伴う多発性角膜上皮下浸潤(MSI)の経過がステージ分類されています。
Stage 0:発症2日頃
上皮性小水疱
・25〜30μm程度
・細隙灯で比較的観察しやすい
Stage I:4〜5日頃
上皮性点状角膜炎(上皮表層)
フルオレセイン染色では、涙液フィルム内に小さなdark spotとして観察されます。
Stage II:6〜9日頃
上皮性点状角膜炎(上皮深層)
病変が融合し、角膜深層方向へ変化が及びます。
Stage III:7日以降〜2週間
上皮下浸潤
上皮下に軽微な混濁を伴います。
Stage IV:3週〜数ヶ月
小円形上皮下混濁
フルオレセインには染まりません。
Stage V:数週〜数ヶ月
顆粒状・小円形上皮下混濁
慢性期のMSIです。
つまり、EKCの角膜病変は単なる「角膜上皮下混濁」ではなく、
上皮性病変 → 深層化 → 上皮下浸潤
という時間的な変化をとる点がポイントです。
5.慢性乳頭性結膜炎になるタイプもある
AdV結膜炎の一部では、急性期が終わった後も、
慢性的な乳頭性結膜炎を繰り返す
ことがあります。
原因型として、
・AdV3
・AdV5
・AdV7
・AdV8
・AdV19
などが挙げられています。
6.尿道炎を伴うAdV感染にも注意
近年、
AdV37、53、56型などによる尿道炎+結膜炎
が報告されています。
尿道炎が結膜炎に先行することもあり、尿道から眼への感染伝播が考えられます。
一見すると眼だけの感染症に見えても、必要に応じて泌尿器症状の有無を確認することがポイントになります。
7.急性期のステロイド点眼は「ルーチン使用しない」
急性期のAdV結膜炎に対してステロイド点眼を使用すべきかについては、研究結果が一定していません。
デキサメタゾン点眼で自覚症状が改善したとの報告がある一方[5]、臨床所見や臨床症状に明確な差を認めなかった報告もあります[6,7]。
そのため、
軽症例にステロイド点眼を routinely 使用する必要性は低い
と考えられています。
一方、
・強い炎症
・結膜偽膜
・糸状角膜炎
・角膜上皮欠損
などがあり、自覚症状が強い場合には、ステロイド点眼を検討します。
炎症が高度な場合には、ステロイド内服に言及されるケースもあります。
8.小児、とくに3歳以下ではステロイドが有効な場合も
本文では、3歳以下で点眼が困難な重症例ではステロイド治療が有効となる可能性も述べられています[8]。
ただし、成人例も含め、ステロイド投与は一律ではなく、
炎症の強さと角膜病変をみて個別判断
する位置づけです。
9.MSIは「感染が続いている」のではなく免疫反応
多発性角膜上皮下浸潤(MSI)は、急性炎症が落ち着く頃から出現します。
これはウイルスが角膜内で増殖し続けているというより、
AdV抗原に対するT細胞を中心とした免疫反応
と考えられています。
そのため、感染性の強い急性期とは治療の考え方が異なります。
10.MSIにはステロイド点眼を使用することがある
MSIに対するステロイド点眼には、
・MSIの発症を抑える
・視機能に影響する混濁を改善する
という目的があります。
ただし問題は、
ステロイドを減量するとMSIが再燃する「ステロイド抵抗性MSI」
です。
急性期に28日間1%プレドニゾロン点眼を使用した報告では、MSI発症率が低下したとされています[10]。
一方、ステロイド依存・抵抗例では長期管理が問題になります。
11.タクロリムス点眼はステロイド抵抗性MSIで選択肢
MSIが、
・ステロイド抵抗性
・ステロイド減量で再燃
・ステロイドによる眼圧上昇
などの場合には、免疫抑制点眼薬が検討されます。
本文では特にタクロリムス点眼が、ステロイド抵抗例や減量時再燃例で有効となる可能性が示されています。
ただし、ガイドライン上の推奨は強くありません。
12.ヨード系点眼薬は使用できるが推奨は「弱い」
ヨードは、
ウイルス表面タンパク質を障害して不活化する
作用があります。
2022年から、ポリビニルアルコールヨード(PVA-I)を含むOTC点眼薬が使用可能になりました。
ただし、
・細胞外ウイルスには効果が期待できる
・細胞内ウイルスには効果が乏しい
という限界があります。
そのため、2025年版ガイドラインでは
「AdV結膜炎にヨード系点眼を使用する」ことは弱い推奨
にとどまっています[3]。
13.結膜偽膜は必ずしも無理に剥がさない
従来、結膜偽膜は除去する考え方が広くありました。
しかし、
・炎症や線維化を防ぐため除去すべき
・無理な除去は必要ない
という両方の見解があります。
2025年版では、
感染対策を十分行いつつ、無理に偽膜を剥がさないよう配慮する
という立場が示されています。
14.院内感染対策では80%アルコールが基本
AdVは環境中で感染力を維持しやすく、眼科では院内感染対策が非常に重要です。
直接眼球に接触する器具
・接触型レンズ
・開瞼器
・眼圧計チップ
などは、
十分な流水洗浄後に80%アルコールで5分間浸漬
します。
眼球に直接接触しない器具・設備
・細隙灯顕微鏡
・間接倒像鏡
・非接触型レンズ
・検眼枠
・検眼レンズ
・ドアノブ
・診察台
・待合室の椅子
・受付カウンター
などは、使用後に80%アルコールで清拭します。
15.塩素系マルチパーパス消毒薬も新しい選択肢
従来、AdVに対して最も強い消毒作用を持つ薬剤の一つが次亜塩素酸系ですが、器具腐食などが問題でした。
2025年版では、
塩素系マルチパーパス消毒薬(MPD)
も紹介されています。
Virkonなどは溶液中で過硫酸塩を形成し、AdVの多くの型に有効性が確認されています。
銅・亜鉛以外の多くの素材に使用できるため、80%アルコール清拭の代替として利用できる場合があります。
ただし、浸漬用消毒剤としては使用できない点に注意が必要です。
16.ガイドラインのCQは3つ
2025年版ではMinds方式で、次の3つのクリニカルクエスチョンが設定されています。
CQ1
AdV結膜炎にヨード系点眼を使用すべきか
→ 弱い推奨
CQ2
AdV結膜炎の急性期にステロイド点眼を使用すべきか
→ 弱い推奨
CQ3
AdV結膜炎の多発性角膜上皮下浸潤に免疫抑制薬点眼は有効か
→ 弱い推奨
いずれも強い推奨になっていないのは、ウイルス性結膜炎に対する薬物療法の質の高い比較試験がまだ少ないためです[3]。
17.実際の治療アルゴリズム
論文の図を実臨床向けに整理すると、
急性期
まず感染予防指導。
そのうえで、
・通常例 → 基本は対症療法
・強い炎症、偽膜、糸状角膜炎 → ステロイド点眼を検討
・上皮障害が高度 → 短期間の抗菌点眼を検討
・ヨード系点眼 → 希望・症例に応じて検討
となります。
発症7日程度以降
MSIが出現したら、
ステロイド点眼
を検討します。
慢性期
MSIが遷延し、
・ステロイド抵抗性
・ステロイド減量で再発
・ステロイドによる眼圧上昇
がある場合には、
タクロリムスなど免疫抑制点眼
を検討します。
参考文献
- 大野重昭, 内尾英一, 岡本茂樹, 他. ウイルス性結膜炎のガイドライン. 日眼会誌. 2003;107:1-35.
- アデノウイルス結膜炎院内感染対策委員会. アデノウイルス結膜炎院内感染対策ガイドライン. 日眼会誌. 2009;113:25-46.
- ウイルス性結膜炎診療ガイドライン作成委員会. ウイルス性結膜炎診療ガイドライン(2025年版). 日眼会誌. 2025;129:1145-1183.
- Aoki K, Kaneko H, Kitaichi N, et al. Clinical features of adenoviral conjunctivitis at the early stage of infection. Jpn J Ophthalmol. 2011;55:11-15.
- Wilkins MR, Khan S, Bunce C, et al. A randomized placebo-controlled trial of topical steroid in presumed viral conjunctivitis. Br J Ophthalmol. 2011;95:1299-1303.
- Kovalyuk N, Kaiserman I, Mimouni M, et al. Treatment of adenoviral keratoconjunctivitis with a combination of povidone-iodine 1.0% and dexamethasone 0.1% drops: a clinical prospective controlled randomized study. Acta Ophthalmologica. 2017;95:e686-e692.
- Ward JB, Siojo LG, Waller SG. A prospective, masked clinical trial of trifluridine, dexamethasone, and artificial tears in the treatment of epidemic keratoconjunctivitis. Cornea. 1993;12:216-221.
- Kim SY, Chung YK, Lee YC, et al. Oral steroid therapy as an adjuvant treatment for severe epidemic keratoconjunctivitis in patients younger than 3 years. Cornea. 2015;34:182-187.
- Uemura T, Migita H, Ueno T, et al. Clinical and virological analysis of epidemic keratoconjunctivitis caused by adenovirus type 54 in a regional ophthalmic clinic in Kyushu, Japan. Clin Ophthalmol. 2018;12:511-517.
- Laibson PR, Dhiri S, Oconer J, et al. Corneal infiltrates in epidemic keratoconjunctivitis: Response to double-blind corticosteroid therapy. Arch Ophthalmol. 1970;84:36-40.
- 公益財団法人日本眼科学会「ウイルス性結膜炎診療ガイドライン(2025年版)」
- 内尾英一「新しいガイドラインにもとづくウイルス性結膜炎の診療」『日本の眼科』97巻9号, 2026.
