滑車神経麻痺とは
滑車神経麻痺は様々な原因により滑車神経麻痺を生じ、下記の症状を生じる。滑車神経は頭蓋内走行が長く、脳神経の中でも最も細いため微小血管障害(発症から4-6カ月で自然治癒)、外傷、炎症などにより障害されることが多い。滑車神経麻痺は先天性、代償不全性、後天性に分けて考えると分かりやすい。先天性、代償不全性では先天的な滑車神経麻痺あるいは上斜筋自体の形態異常が原因である。
滑車神経麻痺の症状
先天性は小児の上下斜視の原因として最も頻度が多い。健側への頭部傾斜(生後1年以内)、代償不全性では高度な上下斜視と顔面の非対称、後天性では回旋複視の自覚が特徴とされる。例えば、右先天上斜筋麻痺では左へ顔を傾け、右へ傾けると右眼が上転する。頭部傾斜により眼位は良いため、両眼視機能は比較的良好である。
この頭部傾斜によって代償できなくなり複視を自覚することを代償不全性という。代償不全性では多くは20~30歳代で上下複視を自覚して発症する。代償不全性では回旋複視のため、高度な上下斜視や上下複視を発症することが多い。また、後天性滑車神経麻痺では上下複視に加え、回旋複視を自覚していることが多い。外傷性では両眼性が多く、10度以上の外方回旋偏位を認める。
小児の脳神経麻痺
1999年の報告では、18歳以下の小児において動眼神経、滑車神経、外転神経麻痺の発生率は10万人あたり7.6人で、そのうち滑車神経麻痺(36%)であり、外転神経麻痺(33%)、動眼神経麻痺(22%)、複数の脳神経麻痺(9%)であった[4]。小児における原因疾患としては先天性以外では外傷性(36.8%)、腫瘍性(5.3%)が多い[5]。
滑車神経麻痺の診断
先天性、代償不全性ではBielschowsky頭部傾斜試験(BHTT)が有効とされる。患側へ頭部傾斜すると、患側眼が上転する。また、後天性では患側への頭部傾斜で複視は増悪する。
両眼性の滑車神経麻痺では、BHTTは陰性あるいは両側で陽性で、正面視での上下偏位はわずかである。小児では頭部傾斜は著明ではなく、両眼下斜筋過動症を認める。後天性では外方回旋偏位が10度以上となる。代償不全性と後天性の鑑別のためには、頭部MRIT1強調画像を冠状断で撮影し、左右の上斜筋のうち、患側の上斜筋が萎縮していれば代償不全性と診断できる。
偽滑車神経麻痺を呈する重症筋無力症が鑑別として重要で、日内変動や採血(AchR、TSAbなど)を測定して鑑別を行う場合がある。
滑車神経麻痺の治療
保存的治療としては上下偏位を矯正するプリズム眼鏡がある。一方、小児の後天性の滑車神経麻痺はまず原因を治療する。その後、循環障害が原因なら7-8割は発症後約3カ月で自然軽快することもあるので、プリズム眼鏡装用を行い経過観察する。6カ月を経過しても改善がない場合は、斜視角が安定していれば観血的治療を考慮する。
手術適応になるのは、
- プリズム眼鏡での矯正が約10プリズムを超える上下偏位のもの
- 先天性で頭部傾斜があり、両眼視困難な場合→下斜筋減弱術、上斜筋強化術、上直筋後転術、健側の下直筋後天術などを単独(第一眼位での上斜視角<15Δ)あるいは同時(≧15Δ)に行う。
- 複視の自覚のある代償不全性→下斜筋減弱術
- 回旋複視が主な後天性→健眼の下直筋後転と鼻側移動術
滑車神経麻痺の予後
手術成績は良好だが、先天性では仮面両側上斜筋麻痺(MBSOP)という病態があり、追加手術が必要になる場合もある。MBSOPは片眼性と診断し、片眼の下斜筋減弱術をすると、術後に反対眼の上斜視が出現することをいう。小児では術前にMBSOPを検出することは難しいため、事前にMBSOPのリスクについては説明しておく必要がある。また、後天性の場合も微調節のため再手術が必要になる場合もある。
参考文献
- 今日の眼疾患治療指針第3版
- あたらしい眼科 Vol38,No.9,1014,2021
- あたらしい眼科 Vol38,No.10,2021
- J M Holmes et al.:Pediatric third, fourth, and sixth nerve palsies: a population-based study:Am J Ophthalmol.127(4):388-92. 1999
- S R Kodsi et al.:Acquired oculomotor, trochlear, and abducent cranial nerve palsies in pediatric patients:Am J Ophthalmol.114(5):568-74.1992
- 第126回日本眼科学会総会