糖尿病の疫学
国際糖尿病連合によると、糖尿病の有病者は世界で増加傾向であり、2017年現在で4億2500万人に上るとされる。成人の有病率は8.8%であり、2045年までに9.9%まで増加すると予想されている。
日本も厚労省の令和元年の国民健康・栄養調査によれば、20歳以上で糖尿病が強く疑われるものの割合は男性が19.7%、女性が10.8%と多く見られた。人口が高齢化していることなどの影響を取り除く年齢構成で調整した割合でみると、男性は約14%弱、女性は約18%弱で過去10年間で横ばいである。
日本の2型糖尿病患者において、糖尿病網膜症の発症率は年3.83-3.98%とされるため、糖尿病患者における眼底検査などの眼科検診は重要な役割を果たす。また、糖尿病黄斑浮腫を有するのは7.5%とされるが、2000年以降の研究では5.5%とされる。軽症非増殖糖尿病網膜症では1.7-6.3%、中等症では20.3-63.2%に糖尿病黄斑浮腫を合併する。
1型糖尿病患者では約14-16%が4年以内に増殖糖尿病網膜症に進展し、2型糖尿病では軽症非増殖糖尿病網膜症から重症非増殖糖尿病網膜症または増殖糖尿病網膜症へ進行する頻度は年間2.1%とされる。
ただし、2000年以前に比べて2000年以降の有病率を比べると、なんらかの網膜症で49.57%から24.79%へ、増殖糖尿病網膜症は10.58%から3.47%へ、糖尿病黄斑浮腫は9.28%から5.46%へ、視力を脅かす網膜症は15.62%から7.86%へと減少していた。
3人に1人の糖尿病の患者さんは眼科を受診しない!?
12909名の糖尿病網膜症の保険診療レセプトデータを解析し、眼底検査を少なくとも年1回受けている割合が35.6%と低いこと、そして眼底検査を受けないことに関連する因子として、男性、若年者、内服処方なし、受診が一施設であるとのこと。糖尿病がある方は必ず1年に1回は眼科を受診するようにしましょう。
糖尿病網膜症(DR)とは
糖尿病網膜症(DR)は高血糖により代謝異常が生じ、様々なサイトカインやケモカインが誘導される。その結果、糖尿病網膜症に特徴的な細小血管障害が生じ、糖尿病の診断があれば確定診断となる。日本では後天性視覚障害原因の第2位(2015年)で、年間約3000人がDRにより失明している。
DRの基本病態は網膜の血管透過性亢進・血管閉塞・血管新生の3つに大別される。
- 血管透過性亢進:高血糖による代謝異常によって、サイトカインやケモカインが誘導される。そして、毛細血管内皮細胞のタイトジャンクションを主体とする内血液網膜関門が破綻する。その結果、血管透過性が亢進し赤血球が漏出すると網膜出血になり、網膜内に血漿成分が漏出すると網膜浮腫となる。さらに、浮腫で網膜内にたまった脂質が硬性白斑とされる。
- 血管閉塞:血管内皮細胞が障害され、微小血栓が形成され、血管閉塞が引き起こされる。血管閉塞領域に隣接して、数珠状静脈拡張やループ形成といった静脈異常や網膜内細小血管異常(IRMA)が生じる。また、網膜虚血があると、視神経線維の軸索輸送が障害され、軟性白斑となる。
- 血管新生:網膜毛細血管が広範囲に閉塞すると、VEGFをはじめとした血管新生促進因子の過剰産生が起こり、血管新生が促進される。後部硝子体剥離などにより硝子体が牽引されると、新生血管のある部位では硝子体出血を生じる。
さらに、線維芽細胞様細胞などの細胞が新生血管周囲に増殖し、線維血管性増殖膜が形成されると、硝子体と網膜との間の癒着が強固となり、硝子体牽引によって牽引性網膜剥離を生じる。
糖尿病黄斑症
糖尿病に伴う黄斑部の病変を総称した言い方であり、黄斑浮腫、虚血性黄斑症、網膜色素上皮症の3型がある。黄斑浮腫の頻度が最多で、糖尿病黄斑症≒黄斑浮腫とされることが多い。
網膜内細小血管異常(IRMA)
網膜内細小血管異常(IRMA)は「動脈と静脈の間にある、拡張・蛇行しながら無血管領域へ進展する、網膜内にある異常血管」と定義されている。肉眼的には新生血管と判別が難しいため、フルオレセイン蛍光眼底造影(FAG)やOCTAが有用とされている。フルオレセイン蛍光眼底造影(FAG)でIRMAは蛍光漏出が弱くい、または認めないが、凝固痕や蛍光漏出の影響を受ける。しかし、OCTAはそのような影響を受けないため、IRMAが観察しやすくなる。IRMAが存在すると、増殖糖尿病網膜症(PDR)になりやすくなる。
糖尿病網膜症(DR)のリスク因子
そんな糖尿病網膜症のリスク因子は様々であり、下記がリスクとして考えられている。
- 糖尿病黄斑浮腫のリスク因子:脂質異常症
- 糖尿病網膜症発症のリスク因子:HbA1c、血圧、BMI、罹病期間
- 糖尿病網膜症進展のリスク因子:HbA1c
- 高血糖:5年以上経過するとリスクが高くなる。また、発症年齢が若く発症すると、糖尿病網膜症は重症化する。ただし、HbA1cを7.0%未満で、細小血管合併症の発症・進展が予防できる。とはいえ、急速な血糖コントロール(early worsening)は血糖コントロール完了後3~6か月で10~20%の患者に、進行した糖尿病網膜症では約2倍、糖尿病網膜症を悪化させる。また、その約50%の症例で視力低下が遷延することが知られている。糖尿病網膜症の有病率はHbA1c≦7%で18%、HbA1c>9%で51%、罹病期間10年未満で21%、20年以上で76%であった。HbA1c+1%ごとに36%、進展リスクはHbA1c+1%ごとに66%上昇し、HbA1cと発症進展リスクの関係は正に相関した。
- 低血糖:他人の介助を要する重症の低血糖症は、糖尿病網膜症の発生率を約4倍に増加させる。
- 血圧:特に収縮期血圧と関連が強い。収縮期血圧が10mmHg上昇すると初期の糖尿病網膜症のリスクが10%、増殖糖尿病網膜症や糖尿病黄斑浮腫のリスクが15%も上昇する。また、重症糖尿病網膜症では脈圧(収縮期血圧ー拡張期血圧)も重要なリスク因子である。UKPDSの報告では、収縮期血圧を10mmHg下降させると、約10%の網膜症のリスクを軽減できるとし、厳格な血圧管理をすると、網膜症の進展は35%減少し、視力低下も47%減少したとしている。
- 脂質異常症:ETDRSでは、高脂血症と硬性白斑の黄斑前膜沈着の程度との関連性を報告している。フェノフィブラート投与群では、5年間の観察期間中、光凝固治療の導入がプラセボ群より31%減少し、増殖糖尿病網膜症や糖尿病黄斑浮腫の発症リスクもそれぞれ30%、31%減少した。シンバスタチンにフェノフィブラートを併用した群において、シンバスタチン群にフェノフィブラートを併用した群において、シンバスタチン単独群と比較して糖尿病網膜症の進展リスクが4年間で40%減少した。スタチン内服者において、非ないふくしゃと比較して糖尿病網膜症の発症リスクが、2.7年で40%減少した。
- 腎機能:微量アルブミン尿が増加すると、糖尿病網膜症進行のリスクは高まる。また、GFRの低下も糖尿病網膜症の有病率および程度と有意に相関するとされる。日本での研究でも蛋白尿とGFRの低下が、重症糖尿病網膜症のリスク因子であるとされる。アメリカの後ろ向き研究では、腎症があると増殖糖尿病網膜症への進行リスクが29%上昇したとしている。
- 妊娠:非妊娠患者と比較して、1.60-2.48倍の糖尿病網膜症進展のリスクがある。糖尿病網膜症(特に増殖・増殖前網膜症)は妊娠中および産褥期に悪化しやすい。
- 食生活:糖尿病のコントロールが良好で、食事由来の多価不飽和脂肪酸の摂取が多い集団は糖尿病網膜症の有病率が低い。総摂取カロリーで調整したうえで、果物摂取の割合が高い集団は糖尿病の新規発症のリスクが半減していた。野菜・果物接種、ビタミンC、カロテン摂取は保護的に作用する。野菜、果物、食物繊維の摂取、魚、地中海食は網膜症の予防に、ビタミンD欠乏は発症、増悪に関与する。
- 身体活動量と座位時間:身体活動量の増加が網膜症の発症リスクを減ずる。
- 喫煙:1型糖尿病では喫煙は網膜症進展リスクの増大と関連したが、2型糖尿病患者では同様の関連を認めなかった。
糖尿病網膜症で上がる疾患リスク
糖尿病網膜症があると、脳卒中は1.69倍、心血管疾患が1.92倍になる。また、増殖糖尿病網膜症があると、致死的な心血管疾患が1.50倍、糖尿病黄斑浮腫では3.53倍になる。
糖尿病網膜症(DR)の分類
日本では改変Davis分類、新福田分類が最も普及している。しかしながら、欧米諸国では改変Davis分類はあまり用いられず、国際糖尿病網膜症重症度分類を統一して使用する傾向にある。
改変Davis分類
病期を単純、前増殖、増殖の3つに分ける。
単純糖尿病網膜症(血管透過性亢進)
高血糖は血管壁を障害し、血管透過性が亢進する。血液の成分が血管外へ漏出し、さまざまな眼底所見を呈する。網膜浮腫、硬性白斑、網膜出血があるが、いずれも中心窩に及べば視力は低下する。
血管壁の障害は血糖コントロールで改善しうるため、内科医と連携して治療を行う。単純糖尿病網膜症以降の病期になると不可逆性の変化になるため、血糖コントロールだけでは進行を止めることができない。
増殖前糖尿病網膜症(網膜血管閉塞)
高血糖がさらに持続すると、網膜血管は閉塞し始める。軟性白斑が多発する。軟性白斑は網膜細小血管閉塞による梗塞巣である。そのため、蛍光眼底造影検査(FA)で軟性白斑に一致して無血管野があることが多い。
治療としてはこの無血管野に対して網膜光凝固術を行い、病期を進行させないようにするのが一般的である。一般に、無血管野が3象限以上に広がれば汎網膜光凝固を施行する。
増殖糖尿病網膜症(網膜新生血管)
無血管野があると、その代償で網膜に新生血管が発生する。網膜新生血管は網膜と硝子体を架橋し癒着させる。
牽引性網膜剥離や血管新生緑内障が生じると失明しうる。血管新生緑内障では線維柱帯が新生血管で覆われ、房水の流出抵抗が上昇して眼圧が上昇する。
増殖糖尿病網膜症の中でも、下記の3つ以上を満たすものはハイリスク増殖糖尿病網膜症と定義している。ハイリスク増殖糖尿病網膜症に対しては全例に可及的速やかにPRPを行う。
ハイリスク増殖糖尿病網膜症
- 乳頭外新生血管
- 乳頭新生血管
- 重度の新生血管(視神経乳頭から1乳頭径内の新生血管で1/4-1/3乳頭面積以上のものや、乳頭外新生血管で少なくとも1/2乳頭面積以上のもの)
- 硝子体出血または網膜前出血
以上4つのうち、3つ以上あればハイリスク増殖糖尿病網膜症と定義する。
ETDRS分類
アメリカで行われた大規模な臨床試験による結果が反映されており、客観的で再現性の高い分類とされる。しかし、臨床研究での使用が前提で、日常診療で利用するにはやや詳細な所見が必要となる。
国際糖尿病網膜症重症度分類
世界各国で様々な分類があったため、2002年にAAOが国際的な統一的分類を発表した。ETDRSの結果に基づいた重症化リスクなどが記載されており、診察所見から具体的な危険度が確認できる。眼科医だけでなく、一般的に使用しやすいよう簡便な分類が目指されている。
新分類と従来の分類の比較表
IRMA;intraretinal microvascular abnormalities;網膜内細小血管異常
NPDR;non-proliferative diabetic retinopathy
PDR;proliferative diabetic retinopathy
心臓や脳の血管障害のリスク
- 網膜症なし→1倍
- 症NPDR+毛細血管瘤→1.5倍
- 中等症NPDR+出血/白斑→2.2倍
- 重症NPDR+Venous beading/IRMA、PDR+新生血管→2.4倍
※網膜症なしを1としたときのリスク。
糖尿病網膜症(DR)の症状
DR初期は無症状だが、糖尿病黄斑症を併発すれば視力低下や変視症、硝子体出血を併発すれば視力低下や飛蚊症、牽引性網膜剥離を併発すれば視力低下や視野狭窄を呈する。適切な治療が行われないと失明に至る恐れがある。
糖尿病網膜症(DR)の合併症
1.白内障
詳細不明だが、糖尿病患者では全年齢で白内障罹患率が高いとされる。混濁は皮質白内障か後嚢下白内障とされる。
2.ぶどう膜炎
原因は不明だが、非肉芽腫性線維性虹彩炎である。毛様充血を伴い、前房蓄膿やフィブリン析出を伴うものもある。ステロイド点眼で消炎、散瞳薬で虹彩後癒着を予防を図る。
3.角膜障害
糖尿病患者では角膜知覚低下、涙腺機能低下による涙液の量的質的異常、上皮接着の不良、内皮の形態学的異常などを伴っていることが多い。これらがベースとなり、内眼手術や外傷を契機に角膜障害を発症することがある。特に硝子体手術時に上皮浮腫が生じ、視認性確保のため上皮擦過を行うと、治癒までに時間を要する場合がある。
4.外眼筋麻痺
外眼筋を支配する神経(動眼、滑車、外転神経)の栄養血管が虚血になると突然の複視をきたすことがある。頻度としては動眼神経・外転神経麻痺が多い。滑車神経麻痺や2つ以上の麻痺を合併する複合麻痺は少ない。
糖尿病性動眼神経麻痺では、内側を走る動眼神経の運動線維が障害されるため、瞳孔障害は起こりづらい(瞳孔回避)。90%以上は数か月以内に自然軽快するが、斜視が残存した場合には斜視手術を行う必要がある。
5.その他
視神経症、糖尿病黄斑浮腫、屈折・調節異常など
糖尿病網膜症(DR)の検査
0.問診
糖尿病網膜症の罹病期間が長いほど、糖尿病網膜症の有病率と重症度は上昇するため、糖尿病罹病期間、HbA1cなどの推移や重症低血糖の既往並びに糖尿病治療歴を確認する必要がある。
また、内眼手術の既往も重要で、術後数カ月は増殖性変化が生じやすく、血管新生緑内障も起こりやすいとされる。
1.細隙灯顕微鏡検査
角膜障害、虹彩ルベオーシス、白内障(特に後嚢下白内障と皮質白内障の頻度が高い)の有無などを確認し、眼底では黄斑部の網膜表面や網膜断面の状態を詳細に観察する。
糖尿病患者は角膜上皮接着が脆弱なため、SPK、遷延性上皮剥離、再発性角膜びらん、角膜浮腫など角膜障害が起こりやすい。しかし、角膜知覚低下があるせいか、それら疾患があっても眼痛の訴えが乏しいことがある。
虹彩ルベオーシスは最初に瞳孔縁で発見され、進行すると虹彩表面でも確認できる。散瞳すると確認しにくくなるため、無散瞳で観察することが重要とされる。また、糖尿病患者では非糖尿病患者よりも瞳孔径が小さい傾向にあり、極大散瞳が難しい場合がある。
2.隅角検査
隅角においてPASや新生血管の有無を無散瞳下で観察する。特に隅角に新生血管がある場合は、閉塞隅角かどうかの確認も重要となる。また、開放隅角であっても1-2週間と短期間で閉塞隅角になりうるので注意する必要がある。
3.倒像鏡眼底検査
糖尿病網膜症に特徴的な眼底所見を確認する。
4.蛍光眼底造影
DRの診断、病態把握、治療方針の決定、治療効果の判定を行うためフルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)を行う。
FA所見
- 点状の過蛍光:毛細血管瘤
- びまん性の過蛍光:血管透過性亢進
- 淡い低蛍光:毛細血管床閉塞
- 限局性の過蛍光で蛍光露出が目立つ:新生血管
- 拡張血管の過蛍光で漏出が目立たない:網膜内細小血管異常(IRMA)
などの所見がみられる。
FAの副作用
日本眼科学会の眼底血管造影実施基準によれば、FAの全副作用の発現率は1.1~11.2%(軽症は1.4~8.18%、中等症は0.2~1.5%、重症は0.005~0.48%、脂肪は0.0005~0.002%)であるのに対して、IAの全副作用の発現率は0.05~0.68%である。
フルオレセインは腎または肝排泄、インドシアニングリーンは胆汁排泄とされる。ここで、フルオレセインにより腎機能は悪化しないとされていて、腎機能低下でFA禁忌とはならない。その一方で、肝機能低下がある場合はFAを控えることを原則とし、IAに関しても配慮する必要がある。
5.光干渉断層計(OCT)
糖尿病黄斑浮腫の診断には欠かせない。
OCTの所見
- 網膜膨化:ERMを伴った膨化など
- 嚢胞様黄斑浮腫:中心窩網膜厚が300μm以上
- 漿液性網膜剥離
- hypererflective foci:高輝度の反射物質(漏出したリポ蛋白)で、早期の血管漏出を示唆する。中心窩下に集積し、大きな硬性白斑となることがある。これが網膜外層に及ぶと視機能不良となる恐れがある。
- 中心窩シスト:抗VEGF阻害薬に抵抗性であることが多く、網膜内層にとどまる症例では比較的視力は保たれることが多い。
- DRIL(Disorganization of the Retinal Innner Layers)
6.OCTA
- 糖尿病網膜症では病気の進行に伴いFAZ(Foveal avascular zone)面積が拡大する。
- 妊娠糖尿病と糖尿病合併妊娠では週数に伴いFAZ面積が減少する。
OCTAでは活動性が過小評価される可能性がある。
7.超広角眼底撮影
通常の眼底写真よりも広い範囲での撮像が可能となり、約1割の症例で通常の眼底写真よりも病期がより重症となることが報告されている。
8.網膜電図(ERG)
糖尿病網膜症ではERGも有用とされており、糖尿病網膜症でない早期の場合でもOPの潜時が延長し、振幅が低下することが知られている。また、網膜虚血性視神経症の進行に伴い、b波は減弱する。さらに、b波がa波よりも減弱するnegative ERGを示す場合は、術後視力が不良であるとされる。
糖尿病網膜症(DR)の治療
内科での血糖コントロールに加え、網膜無血管野には網膜光凝固術が基本で、増殖糖尿病網膜症には硝子体手術を選択する。近年は硝子体手術前に抗VEGF薬を注入し、血管新生を抑制することで治療成績が向上している。
抗VEGF薬は増殖膜の線維化を促進し、牽引性網膜剥離を増悪する危険性もあるため、投与後数日での硝子体手術が推奨されている。0.1以下の視力低下の糖尿病黄斑症に対しては、局所網膜光凝固術やステロイド、抗VEGF薬の眼局所投与も有効である。
病期別の治療
単純糖尿病網膜症
血管壁の障害は血糖コントロールで改善しうるため、内科医と連携して治療を行う。単純糖尿病網膜症以降の病期になると不可逆性の変化になるため、血糖コントロールだけでは進行を止めることができない。
増殖前糖尿病網膜症
軟性白斑が出現した場合はには蛍光眼底造影検査を行い、無血管野に対して光凝固を行い、病期を進行させないようにするのが一般的である。一般に、無血管野が3象限以上に広がれば汎網膜光凝固を施行する。一方で、1乳頭径面積以上の無血管野を複数有する場合は、選択的網膜光凝固術を施行した方が増殖糖尿病網膜症の発症率が少ないとされる。
増殖糖尿病網膜症
DRS(Diabetic Retinopathy Study)では、増殖糖尿病網膜症の中でも下記特徴を有するとハイリスク増殖糖尿病網膜症と定義している。
ハイリスク増殖糖尿病網膜症の特徴
- 乳頭外新生血管
- 乳頭新生血管
- 重度の新生血管(視神経乳頭から1乳頭径大内の新生血管で、3分の1~4分の1乳頭面積以上のものや、乳頭外新生血管で少なくとも2分の1乳頭面積以上のもの)
- 硝子体出血または網膜前出血
これら4つのうち3つの特徴を有するものをハイリスク増殖糖尿病網膜症とする。
牽引性網膜剥離に対しては硝子体手術、血管新生緑内障に対しては緑内障手術、両者共通して抗VEGF薬を使用する。牽引性網膜剥離では牽引の原因になっている増殖膜を切除する。
一方、血管新生緑内障早期に血管新生を退縮させると眼圧のコントロールが得られる。また、抗VEGF薬を硝子体注射することで、虹彩・隅角の新生血管が退縮して眼圧下降が得られる場合がある。
抗VEGF薬の効果がある間(1~2週間)に、汎網膜光凝固を完成させると、多くの症例で眼圧コントロールが可能となる。
糖尿病黄斑浮腫の治療
1.硝子体注射
硝子体注射は中心窩を含む糖尿病黄斑浮腫に対して良い適応である。抗VEGF薬、トリアムシノロンなどのステロイドを硝子体注射する。効果は長くても2~3か月程度であり、反復投与する必要がある。また、硝子体注射では1000例に1例は眼内炎が生じ、抗VEGF薬は高価で、トリアムシノロンは白内障や眼圧上昇を高率に誘発するという問題もある。
この抗VEGF薬は直接/格子状網膜光凝固術よりも良好な視力改善および中心網膜厚の減少を示ことが報告されているが、中心窩より500μmよりも外の漏出もしくは浮腫に対しては、中心窩への液の流れ込みを防ぐ目的で、直接/格子状網膜光凝固の追加や併用も考慮する。
※中心窩を含まない糖尿病黄斑浮腫に対しては直接/格子状網膜光凝固術を行う。
抗VEGF阻害薬各論
1.アフリベルセプト
DRCR.net protocol Vの報告によれば、視力20/25以上の症例を、
- アフリベルセプト投与群
- レーザー(+PRN)群
- 経過観察(+PRN)群
の3群に分けて比較したところ、1年成績ではアフリベルセプト投与群で有意な視力改善を認めた。しかし、この差は2年後には消失したため、視力が低下しない限りは投与せず経過観察でよいとも考えられる。
DMEに対する抗VEGF阻害薬反応不良症例は、投与後早期の視力改善が3年後の視力改善を反映していること、つまり、早期に視力改善が乏しい反応不良症例は3年後も視力改善が乏しい。
2.ルセンティス
3.ブロルシズマブ
第3相試験KITE試験にて、DMEに対して52週でアフリベルセプトと同等の視力改善効果を得ている。また、ブロルシズマブ群では中心窩網膜厚が4週目から有意に低下し、52週まで持続したことが示された。32週時点および52週時点で中心窩網膜厚が280㎛未満の割合がアフリベルセプト群よりも高かった。
日本人も参加したKITE試験で眼内炎症の発現率は、ブロルシズマブ6㎎群とアフリベルセプト群ともに1.7%で同等であった。この結果を踏まえ、DMEに対しては、6週毎連ぞ億5回の導入期投与の後、8-12週毎の投与が推奨されている。
4.Faricimab
FaricimabはVEGF-Aとangiopoietin-2(Ang-2)に対するバイスペシフィック抗体製剤である。BOULEVARD臨床試験やAVENUE試験とSTAIRWAY試験というFaricimabを用いた第Ⅱ相試験が行われた。ラニビズマブと比較して視力改善が得られ、網膜厚・網膜症ステージ・再投与間隔の延長も認めた。加えて、新規あるいは予想外の合併症はなかったとされる。
第Ⅲ相試験であるYOSEMITE試験では、ファリシマブがアフリベルセプトの8週おき投与と比較してベースラインからの視力の変化量に関して非劣性であることがが分かった。また、ベースラインからの黄斑浮腫の改善は、ファリシマブ群の方がアフリベルセプト群より改善効果がより大きい傾向であり、網膜内液の消失割合も大きいことが分かった。
5.Conbercept
ConberceptはVEGF受容体1と2の細胞外ドメインとヒトIgG Fc portionの融合蛋白であり、アフリベルセプトと類似した構造を持つ。ConberceptはVEGF-A、VEGF-B、VEGF-C、PIGF(胎盤成長因子)といったVEGF familyと高親和性で結合する。DMEに対する有用性も報告されているが、日本では未発売かつ未認可である。
6.Ziv-aflibercept
Ziv-afliberceptは構造はアフリベルセプトと同じで、VEGF-A、VEGF-B、PIGFと高い親和性で結合する。アメリカ内でDMEを含む種々の黄斑疾患5914例を対象とした後ろ向き多施設臨床研究の報告では、有効性と安全性は既存の抗VEGF阻害薬と同等であったと結論付けられている。
(投与例)
- マキュエイド硝子体内用(40㎎)1回4㎎/0.1ml 硝子体内投与
- ルセンティス硝子体内注射液(10㎎/ml)1回0.5㎎/0.05ml 硝子体内投与:初回投与後1カ月に1回診察をし、視力が安定するまでには1カ月ごとに投与する。
- アイリーア硝子体内注射液(40㎎/ml)1回2㎎/0.05ml硝子体内投与:初回投与から1カ月ごとに1回、連続5回導入期として硝子体内投与、その後は通常2カ月ごとに1回、硝子体内投与する。
2.汎網膜光凝固術(PRP)
汎網膜光凝固術(以下PRP)は増殖前網膜症以降の病期と糖尿病網膜浮腫に対して行われる治療である。その目的は新生血管の発生予防と消退、活動性を低下させることと、細小血管や毛細血管瘤からの血漿成分の漏出を防止することである。また、虚血性変化が高度になるとVEGFの濃度は高くなるが、PRPが奏効するとVEGFの濃度は低くなる。
広範なIRMAや多数の静脈拡張、数珠状拡張、ループ形成といった静脈の異常が多発したり、蛍光眼底造影検査で無血管領域(3象限以上)があれば後極部を除く全領域にPRPを行う。また、1乳頭径以上の無血管領域を3か所以上有する増殖前糖尿病網膜症に対して、選択的網膜光凝固を施行した方がPDRの発症率が少ない。
汎網膜光凝固の場合、SuperQuad160やQuadra Asphericなどの接眼レンズを用いて、出力200mW、凝固時間20ms、凝固径200μmで凝固を行う。全部で2000~3000発程度打つ。
ETDRSによれば漏出点となる毛細血管瘤に光凝固、併せてびまん性浮腫がある部位にグリッド光凝固を行うと黄斑浮腫の治療に有効だとされる。また、黄斑浮腫に対して光凝固を行っておくことは、汎網膜光凝固に伴う黄斑浮腫の悪化による視力低下例を半分に減少させる。
PRPは何故効くのか
PRPのレーザー光は網膜色素上皮(RPE)や脈絡膜メラノサイトに存在するメラニン色素に吸収されるが、吸収されずに拡散した熱が周囲の細胞や酸素需要量が高い視細胞を編成させ、その結果、酸素需要が減少し、脈絡膜から網膜側への酸素供給が促進されることで、酸素の需要と供給のバランスが改善するとされる。
また、虚血状態の改善により、虚血網膜からのVEGFなどの血管新生促進因子を抑制し、新生血管発生予防や鎮静化をもたらすとも考えられている。
PRPの合併症
- 黄斑浮腫:PRPを行うと、血液網膜関門(BRB)の破綻、網膜循環動態の変化、脈絡膜循環障害、硝子体の収縮などが生じる。特に、糖尿病網膜症、黄斑周囲の血管透過性や血管閉塞が亢進している可能性がある。黄斑浮腫を防ぐため、治療は1週間以上あけ、1回の凝固数を減らしたり、照射領域を空けたりすると良い。
- 硝子体出血:硝子体の収縮から後部硝子体剥離を生じ、新生血管が破綻する。その結果、硝子体出血が生じると考えられる。
- 視野狭窄:網膜内層に凝固が及ぶ場合は、神経節細胞や神経線維層が破壊されるため、視野欠損や狭窄を生じることがある。特に、網膜出血部位を凝固すると、出血で吸収されたレーザー光は網膜内層で熱を発し、神経線維障害を誘導する。出血部位の赤血球は破壊されると早く吸収されるが、その後視野欠損を生じることがある。対策として、出血部位を避けた凝固をする、あるいは赤色波長レーザーにより網膜外層のみの凝固を行うことが考えられる。
- 夜盲:周辺部は杆体細胞が存在しており、それが破壊されると視野全体が暗く感じることがある。
- 時間経過に伴う網膜裂孔の出現と凝固斑の拡大:菲薄化が進行し、網膜裂孔となることがある。また、時間経過で凝固斑周囲でRPE細胞の萎縮が拡大する(creeping)ことがある。これが中心窩に及べば不可逆性の変化をきたすことがある。
短時間照射(照射時間が0.02~0.03秒)によるパターン照射が行われることが増えているが、この照射による網膜光凝固斑は経時的に縮小することが知られ、凝固不足になると懸念されている。
3.硝子体手術
硝子体手術は、黄斑部に及ぶ牽引性網膜剥離、裂孔併発型牽引性網膜剥離、出血量が多いあるいは遷延する硝子体出血、PRPの完成が不可能な硝子体出血などが適応である。
この硝子体手術は硝子体または増殖膜による硝子体の影響、硝子体出血・混濁や硝子体液中の生理活性因子などを除去する目的で施行される。
後部硝子体剥離を作製し、トリアムシノロンで可視化して黄斑上の残存硝子体皮質を除去する。さらに、内境界膜を剥離すると、多くの症例で黄斑浮腫が吸収され、その効果は長く持続するとされる。
難治DMEの場合は嚢胞様内壁を切開する、嚢胞様内壁切開あるいは、嚢胞様腔内にあるフィブリノーゲンを摘出する嚢胞様腔内フィブリノーゲン塊摘出を行うことがある。
血液透析導入が難治性のDMEの患者の1年後視力と形態を改善することがある。
糖尿病網膜症(DR)の発症時期と推奨される通院間隔
2型糖尿病患者全体では約30%の症例が糖尿病診断時に既に糖尿病網膜症を発症しているとされ、推定罹病期間5年未満でも28.8%、15年以上では77.8%が何らかの網膜症を有し、増殖糖尿病網膜症はそれぞれ2.0%、15.5%の有病率であった。
また、1型糖尿病患者では約14~16%が4年以内に増殖糖尿病網膜症に進行し、2型糖尿病患者では年率2.1%で重症非増殖糖尿病網膜症あるいは増殖糖尿病網膜症に進展するとされる。
さらに、糖尿病黄斑浮腫も罹病期間が長くなると増加し、軽症非増殖糖尿病網膜症であっても、合併頻度は1.7~6.3%、中等症で20.3~63.2%に増加する。そして、重症非増殖糖尿病網膜症は1年以内に半数が増殖糖尿病網膜症に進行する。
これらを踏まえて、Davis分類に基づいた推奨される眼科診察間隔は下記の通りである。
- 糖尿病網膜症なし:1年に1回
- 単純糖尿病網膜症:半年に1回
- 増殖前糖尿病網膜症:2カ月に1回
- 増殖糖尿病網膜症:1カ月に1回
※これはあくまで一つの目安となる間隔であり、糖尿病網膜症の病態は各人によって異なるので、具体的な診察間隔については主治医の指示に従ってください。
参考文献
- 網膜硝子体case20study
- クオリファイ5全身疾患と眼(専門医のための眼科診療クオリファイ)
- 今日の眼疾患治療指針第3版
- 第74回日本臨床眼科学会シンポジウム2黄斑手術のパラダイムシフト
- 第74回日本臨床眼科学会シンポジウム4網膜疾患診断法のパラダイムシフトと実臨床の変化
- 糖尿病網膜症診療ガイドライン(第1版)
- あたらしい眼科 Vol.38,No.3,2021
- あたらしい眼科 Vol.38,No.4,2021
- Functional and anatomical changes in diabetic macular edema after hemodialysis initiation: One-year follow-up multicenter study
- Optical coherence tomographic hyperreflective foci: a morphologic sign of lipid extravasation in diabetic macular edema
- Optical coherence tomographic evaluation of foveal hard exudates in patients with diabetic maculopathy accompanying macular detachment
- Diabetic retinopathy, its progression, and incident cardiovascular events in the ACCORD trial
- KESTREL and KITE: 52-Week Results From Two Phase III Pivotal Trials of Brolucizumab for Diabetic Macular Edema
- Efficacy, durability, and safety of intravitreal faricimab with extended dosing up to every 16 weeks in patients with diabetic macular oedema (YOSEMITE and RHINE): two randomised, double-masked, phase 3 trials