はじめに
黄斑前膜という病気でピンとこない方は、もしかすると黄斑上膜あるいは網膜前膜、網膜上膜という病気で説明を受けているかもしれません。これらはほとんど同じ意味で使われますから、どれか診断されたのであればこの記事を読んでいただければと思います。この記事ではシンプルにするために黄斑前膜に統一して書きたいと思います。
黄斑前膜とは?
黄斑前膜はその名の通り、黄斑の前に膜が張った状態です。黄斑とは網膜の中心部にあり、最も感度が高く視力が最も出る部位です。その網膜の前に薄い膜が張るため、視力低下など様々な症状をきたします。
2015年の報告では、眼底写真およびOCT所見から判断し、63-74歳で28%、85歳以上で53%とされ、男女差はないとされています。後部硝子体剥離が生じている場合(90%)を黄斑前膜、生じていない場合を硝子体黄斑円孔牽引症候群と呼び区別します。
さらに、黄斑前膜は他の眼底疾患を伴わないものを特発性黄斑前膜、網膜剥離術後、網膜裂孔レーザー光凝固治療後、ブドウ膜炎、網膜静脈分枝閉塞症、糖尿病網膜症など他の疾患に続発するものを続発性黄斑前膜といいます。若年者の場合は続発性が多く、周辺部に血管腫などをも認めることもあります。
黄斑前膜の原因
原因は加齢だと言われています。加齢に伴って、目の中の液体(硝子体)が委縮してきます。この委縮に伴って、硝子体の一部が網膜あるいは黄斑に残ってしまい、症状が出現します。
黄斑前膜の症状
黄斑前膜の症状には具体的に下記の症状があります。
- 視力低下
- 中心暗点(視野の中心が黒く抜けて見える)
- 変視症(物がゆがんで見える)
- 大視症
ただ、黄斑前膜があっても、このような症状を認めない方もいらっしゃいます。
黄斑前膜の診断
診断は初学者であっても光干渉断層計(OCT)で診断できます。黄斑前膜の存在と網膜厚の増加が診断のポイントになります。
Gassの重症度分類
- Grade0:透明で網膜内層の変形を伴わないもの。
- Grade1:網膜内層に皺壁を形成し、網膜細血管が不明瞭となる。
- Grade2:灰色の不透明な膜となり、黄斑のシワが著明となる。
Mスコアが0.5より大きいと、日常で変視を自覚する。また、OCTAでFAZ面積が大きいと変視量が小さい。
黄斑前膜の自然経過
小数視力0.5以上の特発性ERM62眼を2年間追跡した研究によれば、経過中に約40%の症例でOCT上の進行はしましたが視力低下した症例は少なく、有意な視力低下はありませんでした。
また、自覚症状が軽い初期の特発性ERM145眼を平均3.7年間追跡した研究でも、視力低下の程度は緩徐で、白内障の進行も関与していると推察されています。
ERMの診断後、直ちに手術をした症例と、半年間待って手術を施行した症例の両群間で術後視力を比較したところ、有意な差はなかったとの報告もあります。
黄斑前膜が網膜表面と均一に接着しているのはglobal attachment、上膜の州出区が進行すると部分的な接着(partial attachment)に変化し、網膜表面に細かい皺が観察されるようになります。2年間の経過でglobal attachment タイプの約33%がpartial attachmentに移行し、その多くの症例で視力が低下したとされています。
黄斑前膜の治療
健康診断等で黄斑前膜を指摘される方がいらっしゃいますが、すぐに治療しないと失明することはなく、症状がなければ基本的には経過観察となります。しかし、視力低下等の症状が出てくれば治療をする必要があります。黄斑前膜の治療は硝子体手術という治療で、目の中に機械を入れ、張っている膜を剥がすという手術をします。
硝子体手術の効果
視力予後
術後の視力は3カ月まで急速に改善し、その後も緩徐ではあるが12カ月まで少しずつ改善していきます。視力予後の予測因子として、術前視力が良好なほど術後視力も良いです。特に、術前の網膜外層構造の状態、EZとCOSTラインの途絶が少ないほど、またPROSの長さが長いほど術後視力は良好とされています。
Research Gate HPより引用
変視の予後
変視も術前同様、術前の変視量が少ないほど術後の変視量も少ない。また、変視の改善野程度は術後1-3カ月までの改善幅は大きく、その後も6カ月から1年かけてゆっくり改善していきます。術後の変視の予測因子としては、術前の中心網膜厚、内顆粒層(INL)の厚み、EIFLの厚みが厚いほど術後の変視は強く残存します。
EIFL
Reseah Gate HPより引用
不等像視(大視)の予後
片眼性のERMは僚眼と比較し、平均5-6%(最大約20%)の大視が存在しています。しかし、術後に大視はとほとんど改善しません。また、術後の大視に関わる予測因子も、変視同様、術前の内顆粒層の厚みと言われています。光干渉断層血管造影(OCTA)で中心窩無血管領域(FAZ)の面積が小さいほど大視の手術予後は不良とされています。
治療の実際
とはいえ、なかなか具体的なイメージを掴めませんよね。どのように薄い膜を剥がすのか気になる方は、 今回も数多くの手術をされているレトロゲーム先生(@segazukiman)に動画協力していただいていますので、下記の動画をご覧ください。
黄斑前膜手術
提供:レトロゲーム先生(@segazukiman)
黄斑前膜の予後
術後視力は術前視力と相関があるため、視力低下は軽度なうちに手術を行った方が良いとされています。また、術後視力や自覚症状が改善してくるのには長期間を要しますし、まれに自然に網膜剥離が生じることがあるので注意が必要です。また、治療しても変視症は必ずしも消失しません。術前のINL(Inner nuclear layer:内顆粒層)厚は術後変視の予測因子であるとされています。
参考文献
- 日本眼科医会HP
- 網膜硝子体case20study
- 三和化学研究所HP
- スマイル眼科クリニックHP
- 今日の眼疾患治療指針 第3版
- 眼科学第2版
- 第126回日本眼科学会総会
- Natural History of Idiopathic Epiretinal Membrane in Eyes with Good Vision Assessed by Spectral-Domain Optical Coherence Tomography
- Long-term natural history of idiopathic epiretinal membranes with good visual acuity
- Epiretinal Membrane Surgery in Daily Clinical Practice: Results of a Proposed Management Scheme
- Preoperative inner segment/outer segment junction in spectral-domain optical coherence tomography as a prognostic factor in epiretinal membrane surgery
- Time course of changes in metamorphopsia, visual acuity, and OCT parameters after successful epiretinal membrane surgery
- Ectopic inner foveal layer as a factor associated with metamorphopsia after vitrectomy for epiretinal membrane
- Correlation between foveal cone outer segment tips line and visual recovery after epiretinal membrane surgery
- Photoreceptor outer segment length: a prognostic factor for idiopathic epiretinal membrane surgery
- Two-year results of metamorphopsia, visual acuity, and optical coherence tomographic parameters after epiretinal membrane surgery
- Time course of changes in aniseikonia and foveal microstructure after vitrectomy for epiretinal membrane
- Inner Nuclear Layer Thickness, a Biomarker of Metamorphopsia in Epiretinal Membrane, Correlates With Tangential Retinal Displacement
- Comparison of visual acuity, metamorphopsia, and aniseikonia in patients with an idiopathic epiretinal membrane
- INNER NUCLEAR LAYER THICKNESS AS A PROGNOSTIC FACTOR FOR METAMORPHOPSIA AFTER EPIRETINAL MEMBRANE SURGERY
- Relationship between the morphology of the foveal avascular zone and the degree of aniseikonia before and after vitrectomy in patients with unilateral epiretinal membrane