遺伝性網膜疾患と遺伝子解析法
遺伝性網膜疾患に対して網羅的な遺伝子解析を行うと、日本人の遺伝子診断率は40%程度である。一方で、他の地域の多くで診断率が60%程度以上あるのでそれに比べると割合が低い。
1.パネルシーケンス
特定の疾患と関連する既知の病因遺伝子群について、ターゲットを絞ってDNA配列を調べる。それによりコスト及び時間が削減できる。臨床現場での遺伝子診断には適するが、新規遺伝子変異を特定する際には、異なる遺伝子解析手法と組み合わせル必要がある。
2.全エクソーム解析(WES)
エクソンに絞ってシーケンスする点はパネルシーケンスと類似するが、特定の遺伝子だけでなく全遺伝子が解析対象となる。ただし、解析対象はエキソン領域であるため、イントロンや非翻訳領域などの変異はほとんど検出できない。また、膨大なデータの取得、データ解析が複雑になるため、高コストや専門的な知識、高度解析技術が求められる。
3.全ゲノム解析(GWS)
ゲノム全体を対象に解析を行うため、エクソン領域に限らず、イントロンや非翻訳領域も含めた全ての領域の遺伝子変異を検出できる。また、パネルシーケンスやWESで同定困難な構造変異(遺伝子の欠失や重複)の検出も比較的容易である。一方で、データ量が多くなるため、リソースが必要となる。
4.ゲノムワイド関連解析
遺伝子のエクソン部分に限らず、非翻訳領域を含めてゲノム全体にまんべんなく散在する数十~数百万の遺伝子多型(一般人口において頻度が高い変異)を、DNAチップを用いて網羅的に解析する手法である。患者集団と正常者集団を多型を比較することで、疾患感受性に関連する遺伝的要因や頻度の高い病因変異を特定することが可能である。ただし、病的変異と連動して遺伝する近隣の遺伝子多型も疾患との関連性を示してしまい、真の病的変異を同定することは難しい。同定のためには全ゲノム解析を含めた他の方法と組み合わせる必要がある。さらに、GWASは集団規模の解析となるため、患者数と対象者のDNAを収集・解析する必要があり、そこにコストと時間がかかる。
遺伝性網膜疾患病因遺伝子
1.RPE65関連網膜ジストロフィ
主にLeber先天盲や早発型網膜色素変性、杆体錐体ジストロフィと診断される。RPE65は網膜色素上皮で発現し、ビタミンAの代謝サイクルにおいて重要である。この遺伝子の機能不全は視細胞の光受容能力を著しく低下させる。治療としては、網膜外層および網膜色素上皮に十分な細胞が残存し、治療効果が手術侵襲を上回ると期待される場合に、ルクスターナ注の投与が適応される。
本疾患は常染色体潜性遺伝で、多くは孤発例である。幼少期から著明な視力低下や眼振、高度な夜盲を伴う。
- 眼底検査:網膜血管の狭細化や骨小体様色素沈着は目立たないが、徐々に出現してくる
- ERG:幼少期から消失型が一般的で、残存機能があれば杆体ー錐体型で観察されることがある
- OCT:網膜外層菲薄化はあるが、視機能低下に比べて比較的良好である。末期になれば視細胞層とRPEが欠失する。
- FAF:全体的な低蛍光が顕著(∵RPEの機能不全と眼内ビタミンA代謝異常)で、わずかに黄斑部に境界不明瞭な自発蛍光を認める
- 視野:V4eやⅢ4e視野も幼少期には比較的維持されているが、年齢とともに狭小化する。
- 治療:治療のためには遺伝学的検査を行う必要があるが、下記所見を全て有する場合、該当施設(12施設)に紹介することになる。治療が可能な病院は国立病院機構東京医療センターと神戸アイセンター病院のみである。光感受性ビタミンA誘導体を賛成するための生化学反応を担うRPE65タンパク質を、RPE細胞に発現させる。アデノ随伴ウイルス2(AAV2)にヒトRPE65遺伝子配列を搭載した治療薬ボレチゲンネパルボベク(ルクスターナ注)を網膜下投与する。効果として、網膜感度の上昇、視野の拡大が期待できる。一方で、視力改善は困難であり、投与後の網脈絡膜萎縮の報告もある。
RPE65関連網膜症を疑う所見
- 常染色体潜性(孤発例を含む)
- 学童期までに発症した重度の夜盲および視力低下
- 全視野ERGの低下または消失
遺伝学的検査実施施設
- 北海道大学病院
- 国立病院機構東京医療センター
- 国立成育医療センター
- 東京慈恵会医科大学病院
- 順天堂大学病院
- 浜松医科大学病院
- 名古屋大学病院
- 京都大学病院
- 大阪大学病院
- 神戸アイセンター病院
- 産業医科大学病院
- 九州大学病院
RPE65遺伝子治療施設
- 国立病院機構東京医療センター
- 神戸アイセンター病院
Leber先天盲(LCA)
生後すぐから1歳までに視力低下を含む眼症状の見られる網膜ジストロフィで、原因遺伝子は常染色体潜性遺伝が24種、常染色体顕性遺伝が3種報告されている。日本ではCRB1、NMNAT1、RPGRIP1が多く検出されている。 LCAは早期発症の重症な視覚障害を呈するが、中には網膜構造が維持されているものがある。RPE関連網膜症はその代表例である。
2.RPGR関連網膜色素変性
RPGRは、網膜視細胞の繊毛構造に局在し、細胞内輸送機能を維持するために不可欠なタンパク質をコードする遺伝子である。この変異のある網膜色素変性は、若年で発症する傾向があり、進行性の視力低下や視野欠損が生じる。X染色体性遺伝を示し、女性はキャリアとなる。強度近視を示す患者が多く、女性訪印者でも強度近視を示す。RPGR遺伝子の変異の多くはORF15というリピート配列が多い領域で、この領域にバリアントを持つ患者は重症化しやすい。また、杆体錐体ジストロフィを呈しやすい傾向もある。
- FAF:男性では、斑状、顆粒状、弓状、輪状の低蛍光や過蛍光が周辺網膜を中心に広範囲にみられる。女性保因者では、黄斑部から周辺部に向かって放射状に低蛍光や過蛍光が混ざって広がる。
3.EYS関連網膜色素変性
EYS蛋白質は健常者の視細胞において、結合線毛に局在する。常染色体潜性遺伝形式をとる。EYS関連網膜変性は東アジア、特に日本人に頻度が高い。ほとんどが網膜色素変性のフェノタイプだが、杆体錐体ジストロフィのこともある。ERGでは典型的な杆体錐体ジストロフィを示す。一部のEYS関連網膜症は、視神経乳頭を挟んで鼻側と両側の網膜が温存された結果、インフィニティマークのような所見を示したり、上方または鼻側網膜が比較的温存される所見を示すことがある。
4.SAG関連網膜色素変性
小口病の病因遺伝子にSAGとGRK1がある。小口病は日本人に多く、ほとんどがSAGの変異が病因である。その一部が網膜色素変性へ変化することがある。
SAG遺伝子変異による網膜色素変性の特徴
- 眼底周辺に金屛風様反射が残存する
- 黄斑変性を併発し、進行すると黄斑部に骨小体様色素沈着がみられる
- ERG:杆体錐体型機能不全
- 眼底:後極中心から周辺部に向かって変性が拡大する(中心型網膜色素変性)
参考文献
- あたらしい眼科 Vol.42, No.3, 2025
- A hypomorphic variant in EYS detected by genome-wide association study contributes toward retinitis pigmentosa
- Mutations in RPE65 cause autosomal recessive childhood-onset severe retinal dystrophy
- The Natural History of Inherited Retinal Dystrophy Due to Biallelic Mutations in the RPE65 Gene
- Clinical and genetic characteristics of 14 patients from 13 Japanese families with RPGR-associated retinal disorder: report of eight novel variants
- Radial fundus autofluorescence in the periphery in patients with X-linked retinitis pigmentosa
- Phototoxicity avoidance is a potential therapeutic approach for retinal dystrophy caused by EYS dysfunction
- A homozygous 1-base pair deletion in the arrestin gene is a frequent cause of Oguchi disease in Japanese
- Summaries of Genes and Loci Causing Retinal Diseases
- Molecular Diagnosis of 34 Japanese Families with Leber Congenital Amaurosis Using Targeted Next Generation Sequencing
- ルクスターナ注 適正使用指針
- Classification and Growth Rate of Chorioretinal Atrophy after Voretigene Neparvovec-Rzyl for RPE65-Mediated Retinal Degeneration
- 遺伝性網膜ジストロフィの遺伝子パネル検査システム「PrismGuideTM IRDパネルシステム」の保険診療(算定)の対象患者の基準、実施施設の基準、予定実施検査施設数、および想定年間検査数の指針に関するお知らせ
- IRD遺伝学的検査エキスパートパネル 12施設の決定