全身疾患と目

甲状腺機能亢進症(Basedow病)に伴う甲状腺眼症

甲状腺機能亢進症(Basedow病)

Basedow病は甲状腺機能亢進による代謝症状に眼症状が伴う自己免疫疾患で、有病率は0.68%、女性に多いとされる。しかし、重症例は男性、喫煙者、高齢者に多い。甲状腺眼症の約90%は甲状腺機能亢進症を伴って発症し、約85%は甲状腺機能異常の発症から18カ月以内に眼症状が発症する。

診断は甲状腺ホルモンと甲状腺刺激ホルモン、血中TSH受容体抗体価陽性などによって行われる。体重減少や動悸などの症状に加えて、眼球突出や眼球運動障害、眼瞼腫脹などの症状を伴う。

眼窩内球後後組織の線維芽細胞内に存在する甲状腺ホルモン受容体が抗原となり、眼窩組織にリンパ球浸潤を促し、マクロファージを活性化させることで起こる。外眼筋ではプロテオグリカンの沈着から間質の浮腫、外眼筋肥大が起こる。そして、炎症の結果、外眼筋と結合組織の間に癒着を生じ、外眼筋の伸展障害が出現する。

甲状腺眼症

Basedow病患者の約30%に下記症状を認める。また、甲状腺眼症のうち、40%の症例はBasedow病と同時に眼症状が発症し、40%はBasedow病の発症後に眼症状が発症するが、20%は眼症状が先行する症例がある。

  • 眼球突出:若年者に多い。球後軟部組織の脂肪組織・外眼筋腫大により起こる。Hertel≧17mm or 左右差≧2mm
  • 眼瞼後退: 眼症の約80%に認める。Dalrymple徴候(上眼瞼後退)とGraefe徴候(下方視における上眼瞼の下転不全または下転遅延)で判定する。

Eye Rounds HPより引用

  • 眼瞼腫脹:眼窩内圧↑→脂肪組織脱出。上眼瞼に多い。
  • 角結膜障害:瞼裂開大+涙液分泌↓、眼症の約30%に認める。角膜下方にSPK+。
  • 眼球運動障害:高齢者に多い。眼症の22%に見られ、外眼筋の肥大、線維化や癒着により、眼球運動障害となり複視をきたす。しかし、CTやMRIでは外眼筋肥大は甲状腺眼症患者の41%見られるため、軽度であったり、両側同程度の眼球運動障害であれば複視の自覚症状がないこともある。MRIで下直筋と内直筋が肥大していることが多い。上転障害が一般的で、次いで下転、外転障害の順で多い
  • 視神経症:眼症の7.3%、肥大した外眼筋が視神経を圧迫するため起こる。

活動期の判定は、欧米では、眼窩痛、眼瞼腫脹、眼瞼発赤、結膜浮腫、結膜充血、涙丘腫脹、眼球運動痛の7項目のうち3点以上を満たすと活動性ありと判定するClinical activity score(CAS)が用いられている。日本では、活動期でもCASが高くない場合もあるため、MRIによる精査が推奨されている。

甲状腺機能が正常でも甲状腺眼症をきたすことがある。

眼瞼後退

第1眼位が正常であれば、上眼瞼は上方輪部から角膜内1~2㎜までに下降する。上眼瞼と輪部上縁の間の強膜が見えたら上眼瞼後退とする。発現頻度は甲状腺眼症が多く、約1/3の患者に認められる。

上眼瞼内のMuller筋の異常収縮とされているため、治療は対症療法が主である。具体的にはβ遮断薬の点眼液や、グアニジン5%点眼液または内服薬を併用することがある。3ヶ月間使用しても効かない場合、Muller筋摘出術、上眼瞼筋後転術、上眼瞼挙筋延長術などが適応である。

甲状腺眼症の検査

眼科的にはMRIを施行し、T1強調画像で外眼筋の形態を、STIR法で炎症の有無を見る。下斜筋以外の外眼筋の形態が分かるため冠状断は必須であり、また、軸位断で眼窩先端部が肥大した内外直筋が視神経圧迫していれば圧迫性視神経症が疑われる。

甲状腺視神経症

甲状腺視神経症は筋円錐部での腫大外眼筋による圧迫および神経栄養血管の閉塞隅角緑内障により視力が低下する。頻度は甲状腺眼症の7.3%だが、早急に対応しないと視神経萎縮をきたし恒久的な視機能障害を残す。眼底検査で乳頭腫脹していれば診断は容易である。確定診断はCTよりもMRI(軸位断・冠状断画像)で眼窩先端部で視神経の圧迫、蛇行、腫脹を確認する。

甲状腺眼症の治療

1.保存的治療

  • α遮断薬点眼(グアネテジン®):特効薬剤だが、個人輸入のみ。
  • β遮断薬点眼、ブナゾシン塩酸塩点眼(デタントール®)
  • A型ボツリヌス毒素注射:有効率は80~90%だが、繰り返し注射が必要である。
  • 結膜浮腫、充血が強い→ステロイド点眼を用いる。
  • 上眼瞼浮腫、上眼瞼後退症→ステロイドの局所注射を用いる。
  • 眼窩組織の炎症による眼球突出、眼瞼腫脹→ステロイド球後注射、Tenon嚢下注射、ステロイド内服、ステロイドパルス療法を行う。
  • 甲状腺視神経症→ステロイドパルス療法(77.7%が消炎治療で改善する。)、放射線照射(2Gy×10日間)の併用を早急に行う。視神経萎縮、下半盲は予後不良因子である。
  • インスリン様成長因子-1受容体(IGF-1R)を標的とするモノクローナル抗体であるテプロツムマブは、2020年1月にFDA(Food and Drug Administration)より初の甲状腺眼症の治療薬として承認された。眼窩線維芽細胞の活性化の抑制、サイトカインやヒアルロン酸産生の抑制により、脂肪組織や外眼筋の腫大が改善すると報告されている。血糖上昇や感染障害の有害事象があり、また投与中止後の再燃例の報告もあるが、日本でも臨床試験が進行中である。
  • IL-6受容体に対するモノクローナル抗体であるサトラリズマブ、胎児性Fc受容体阻害薬のバトクリマブ、TSH受容体の抑制型抗体であるK1-70などの臨床試験が予定されている。

2.放射線治療

軽度~中等度の炎症性病変があれば1回1.5~2.0Gyで10回照射する。

3.手術治療

  • 上眼瞼後退に対して保存的治療を2~3ヵ月行って効果なければ、眼瞼手術(Muller筋摘出術、上眼瞼挙筋後転術)を行う。
  • 眼窩炎症の活動性が1,2の治療で抑えられても第一眼位で複視があれば、眼筋手術(斜視手術+癒着剥離術)を行う。
  • 高度な眼球突出、片眼性の眼球突出、難治性の視神経症(視神経症の22.3%が眼窩減圧術の適応となり、特に初診時に視力が0.1未満の重症例では58.3%が眼窩減圧術の適応となる。)があれば眼窩減圧術(経上顎洞眼窩減圧術:眼球突出が3~5㎜程度改善し、視神経症を有する場合は90%以上が改善する。)を行う。

参考文献

  1. クオリファイ5全身疾患と眼(専門医のための眼科診療クオリファイ)
  2. 今日の眼疾患治療指針第3版
  3. あたらしい眼科Vol37,8,2020
  4. 眼科学第2版
  5. Proptosis in dysthyroid ophthalmopathy: a case series of 10,931 Japanese cases
  6. Graves’ ophthalmopathy
  7. 眼科 2021年12月臨時増刊号 63巻13号 特集 覚えておきたい神経眼科疾患
  8. Studies on the occurrence of ophthalmopathy in Graves’ disease
  9. 日本の眼科 95:8号
  10. Douglas RS, Kahaly GJ, Patel A, et al. Teprotumumab for the treatment of active thyroid eye disease. N Engl J Med 2020; 382: 341-352.

関連記事

全身疾患と目の疾患このページでは全身疾患のうち、目に症状が出る疾患についての記事のリンクを掲載しています。...

オンライン眼科のサポート