サイトメガロウイルス(CMV)網膜炎とは
サイトメガロウイルスが網膜に初感染、再感染または活性化により網膜全層の壊死と浮腫を主体とするCMV網膜炎を発症する。CMVの抗体保有率は70~90%で、ほとんどが乳幼児期に不顕性感染している。
妊娠初期に母体が初感染または再活性化をきたすと、20~40%が経胎盤的に胎児に感染し、TORCH症候群の一つである先天性CMV感染症として、先天性CMV網膜炎を発症する。成人にみられるCMV網膜炎は、ウイルスの再活性化に伴い生じる日和見感染が大多数を占める。
2018年に造血抑制がなく、同種造血幹細胞移植直後から投与可能な抗CMV薬(レテルモビル)が承認されたことにより、造血幹細胞移植後CMN網膜炎の発症率が減少している。一方、免疫抑制薬による治療中に発症するCMV網膜炎は増加傾向にある。
サイトメガロウイルス(CMV)網膜炎の病態
1.古典的サイトメガロウイルス網膜炎(免疫不全者)
- ヒト免疫不全ウイルス感染
- 移植後など免疫抑制治療
- 悪性腫瘍に対する化学療法
などで生じる日和見感染で、特に末梢血中のCD4陽性T細胞数が50個/μl以下で発症リスクが高まるとされる。典型的には網膜出血と浮腫を伴う白色滲出斑を後極部に生じ、同時に動脈を中心とした炎症や閉塞所見を伴うことが多い。網膜周辺部には白色顆粒状の滲出斑がみられる。
- 活動性がある部位=白色顆粒状
- 滲出斑の瘢痕部位→網膜の著明な菲薄化
- (HIV患者)網膜血管が樹氷状血管炎様に白鞘化
眼底所見は派手だが、免疫不全状態であるため、前房や硝子体に細胞浸潤がほとんどない。進行は緩徐であり、数週間単位で徐々に拡大する。網膜剥離を発症することがあり、注意深い経過観察が必要である。
治療としてはガンシクロビルの眼内注射や全身投与を行う。
2.免疫回復ぶどう膜炎
免疫回復ぶどう膜炎は、過去にAIDSや化学療法などによる免疫不全状態があり、古典的サイトメガロウイルス網膜炎を発症したことがある患者において、AIDS治療や骨髄移植などによって免疫回復した場合に生じることがある。これは過去に眼内に入ったサイトメガロウイルスタンパクが残存するため、免疫能を回復した宿主が異物であるウイルスタンパクに対して免疫反応を起こすために生じる。
古典的サイトメガロウイルス網膜炎では前房、硝子体内炎症はほとんどなかったが、こちらは免疫能が回復しているため炎症を伴い、難治性黄斑上膜や黄斑浮腫を頻繁に認める。点眼や後部テノン嚢が注射などのステロイド局所治療が優先される。
3.慢性網膜壊死(CRN)
- 過去の悪性腫瘍、特に造血器悪性腫瘍に対する化学療法歴
- 慢性の全身炎症性疾患に対するステロイドや免疫抑制薬の長期使用
- コントロール不良な糖尿病
など、軽度から中等度に免疫力の低下がある患者にCMVによる慢性網膜炎を生じることがある。
豚脂様KPsや硝子体混濁などの炎症反応を伴い、網膜白色病変は緩徐に進行し、最終的に網膜壊死を生じる。周辺部顆粒状病変と広範な網膜血管閉塞を特徴とし、血管新生緑内障を後発する。眼内炎症のため眼底病変の詳細が確認できないことが多く、肉芽腫性前眼部炎症、眼圧上昇、網膜白色病変などは鑑別も必要である。サイトメガロウイルス抗原が陰性のことが多い。
4.CMV前部ぶどう膜炎・内皮炎
免疫健常者にも生じうる。片眼性に生じることが多い。小型~中型の白色または色素性のKPが散在し、内皮炎ではcoin-shaped lesionと呼ばれる円形に配列する小型のKPと銅部位の角膜上皮浮腫などがみられ、発作性に高度な眼圧上昇が生じることもある。
保険適用の治療がなく、保険適用外でガンシクロビルまたはバルガンシクロビルの全身投与を行うか、自家調整点眼薬による局所治療を行い、ステロイドで消炎を行う。
CMV網膜炎の分類
3病型に分類できるが混在することが多い。
- 周辺部顆粒型:網膜周辺部に出血をほとんど伴わず、白色顆粒状の滲出斑が扇形に集積する。感染が進行している、活動性がある部位は白色顆粒白鞘化が進行する。FAにより血管閉塞、広範な無灌流領域が、進行すると新生血管が描出される。
- 後極部血管炎型:後極部の血管に沿って網膜出血と浮腫を伴う黄白色滲出斑を生じる。網膜動脈炎を伴い、その部位がIAで過蛍光を示す。
- 樹氷状血管炎型:大血管を中心に網膜血管が樹氷状血管炎様に白鞘化する樹氷状血管炎型
CMV網膜炎の症状
進行は比較的緩徐であるが、網膜剥離を合併することが多い。また、陳旧性のCMV網膜炎病巣部は網膜全層が壊死に至りレース状に菲薄化し、硝子体の牽引が加わると容易に多発裂孔を生じ網膜剥離をきたす。そのため、網膜炎が沈静化したあとも長期的な経過観察が必要となる。
CMV網膜炎の診断
明確な診断基準はないが、網膜病変から臨床診断可能である。また、CMV網膜炎では血中にCMV抗原やゲノムが検出されにくいため、CMV抗原血症法や血液中のPCR定量は補助診断として参考値程度にとどまる。眼局所のPCRは感度・特異度に優れているため確定診断に用いられる。ただし、発症初期にはウイルス検出できない場合があるため注意が必要とされる。
CMV網膜炎の治療
抗CMV療法はガンシクロビル点滴静注が第一選択で、病巣の発症部位や大きさ、副作用の有無に応じてバルガンシクロビル経口投与やホスカルネット点滴静注を行うが、骨髄抑制や腎機能障害により全身投与が困難な場合がある。その場合、ガンシクロビルまたはホスカルネットの硝子体内注射を単独あるいは併用する。網膜剥離に対しては硝子体手術、眼内光凝固術、輪状締結術、長期滞留ガスまたはシリコンオイル注入を組み合わせて行う。適切に加療を行えば急性網膜壊死ほど予後は悪くない。しかし、治療を中止すると網膜炎が再燃することも多い。
処方例)
- 内服治療
・バリキサ錠450㎎:導入量4錠分2食後、維持量2錠分1食後 - 点滴治療
・デノシン点滴静注用500㎎:導入量5㎎/kg/回 1日2回、維持量5mg/kg/回1日1回
・点滴静注用ホスカビル注(24㎎/ml):導入量90mg/kg/回1日2回、維持量:90mg/kg/回1日1回 - 硝子体注射
・デノシン点滴静注用500㎎:導入量400μg×2回/週または800μg×1回/週、維持量400μg×1回/週
・点滴静注用ホスカビル注(24㎎/ml):導入量:2400μg×2回/週、維持量2400μg×1回/週
ガンシクロビルやバルガンシクロビルの副作用である血球減少のため、抗ウイルス薬全身投与を中止せざるを得ないこともあり、ウイルス血症・網膜炎再燃を繰り返し、最終的に視力予後不良な症例が少なくない。
参考文献
- 今日の眼疾患治療指針第3版
- 眼科学第2版
- Retina Medicine vol.11 no.1 2022
- 日本の眼科96:4号(2025)
- Chronic retinal necrosis: cytomegalovirus necrotizing retinitis associated with panretinal vasculopathy in non-HIV patients
- あたらしい眼科 vol.42 No.4 2025
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